- フリーアクセス
- 文献概要
- 1ページ目
命にかかわる重大な事態を把握するには,生命維持に関する生理学を習得した上で,重要な項目から観察しなければならない。これは急病や外傷の傷病者に最初に接する救急救命士に最も求められる技能であるが,この習得が必ずしも容易ではない。著者はこの本で,生命維持の基本となる酸素の取り込みと運搬に焦点を当て,その生理学,病態,観察そして処置までを解説している。呼吸,循環,中枢神経系の働きを生理学の医学書から学ぶのは医師ですら難解であるのに,多くの比喩を使って理解を助けている。例えば,心拍出の様子を「マヨネーズのチューブの握り方」に,循環の仕組みを「山手線」に,oxygen deliveryを「回転寿司」になぞらえ,ユニークな絵を付けて関心を引き付けている。また,双極誘導の特徴を影絵から想像させたり,P波とQRS波との組み合わせを描かせて不整脈を理解させたりするなどして心電図を楽しく理解させようとしている。こういった工夫は随所にみられ,一気に読み進めてしまうほど面白味がある。
本書には上記のような魅力だけでなく,さらに特筆すべき点がある。それは,冒頭で病院前救護と医療機関での診療との相違点を整理し,救急救命士の職務の姿勢を明確にしたことである。「救急救命士の役割は,要救護者の生命危機を回避させつつ,病態に応じた最適な医療機関に迅速に搬送することである」とし,米国における救急医療サービスの業務ポリシー“The right patient in the right time to the right place”を巧妙に伝授している。適切な処置や医療機関選定のためには,最初に要救護者の全身状態を把握しなければならず,このため大半を「観察」に割き,副題を「病院前救護の観察トレーニング」としたのが本書の本質であろう。さらに,教育と実践における「意思決定」の重要性に言及し,学習は缶詰型知識の詰め込みではなく,問題解決型能力の開発が重要であるとしている。このために「脳を鍛える」トレーニング方法として,認知力を高めるために「その気」を持つこと,「その気」から行動を起こすまでの一連のプロセスとして消費者心理を応用した郡山式AIDMA法での学習法を紹介している。これを軸に疾患別シナリオを提示し,読者に意思決定を求め,問題解決能力の開発を図っている。
Copyright © 2012, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.