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皮膚科医が診察の際に器械を使うことは滅多にない.診察風景だけ見たら,20世紀初頭の皮膚科医のそれと変わるところは全くないはずである.器械に頼らぬ皮膚科医が専ら頼るのは“目”であるが,もう1つ頼る重要なものに“手”がある.100年前の皮膚科医が,“手”をどれだけ使ったかは,今となってはわからないが,コンピューターの操作をしなかった分だけ“手”を使っていたのではあるまいか.皮膚は他の臓器と違い,手で直接触ることのできるほとんど唯一の臓器である.医師が行う医療行為は専ら手を使って行われるからこそ“手当て”と呼ばれるが,今,腫瘍など一部の病気以外で,触ることにより得られた情報を診断の助けにしている皮膚科医ははたしてどれほどいるだろうか?
ある日,筆者の診察室に蕁麻疹が治らないと訴えるナースが受診した.彼女は,これまで筆者の勤務する大学を含め多く(5か所以上)の皮膚科医(ほとんど皮膚科専門医)の診察を受け,さまざまな内服薬を処方されたものの,一向に治らないと訴えた.処方された抗アレルギー薬は,ほとんど現在市場に出ているあらゆる種類のものが網羅されていたといえそうであった.筆者はまず,彼女に蕁麻疹のよく出る部位を見たいから,それを出して見せてほしいと伝えた.驚いたのは,そんなことは言われたこともないという彼女の訝しげな表情であった.その部位の皮膚の状態を見てさらに驚いた筆者は,触ってみて驚きの余り「あなたの職業はナースでしょ?」と思わず口走ってしまったのである.何に驚いたといって,20代の彼女の皮膚はまるで80代の老人のように乾燥していたからである.彼女の話を聞いてみると,蕁麻疹が出るようになってからは,医師の指示もあってお風呂に入らずシャワーだけで過ごしているとのことだった.乾燥した皮膚に生じたかゆみを蕁麻疹と誤解したのではないかとも思ったが,彼女の答はここに赤い「みみず腫れができるんです」とのことだった.そこで早速,ゆっくり湯船に漬かるように指示し保湿剤を大量に処方したのだが,翌週診察室に現れた彼女は晴々した表情で「蕁麻疹は全く出なくなりました」と筆者に伝えたのだった.彼女が診察の終わりにしみじみと言ったのは,「これまで誰も私の皮膚を触ってくれなかった」という言葉だった.
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