余白のつぶやき・4
触る
べっしょ ちえこ
pp.1227
発行日 1979年11月1日
Published Date 1979/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661918824
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さきごろ東京池袋で,盲人のための美術展が開かれた.会場では晴眼者も目隠しをして,手で見るように仕向けられたというので話題を呼んだ.いわゆる美術品の形をしたものの他に,手袋とか植物の種子とか布地とか,日常の素材が数多く陳列されてあったという.いうまでもなく,衰弱の一途を辿る現代人の想像力の賦活が狙いである。
この情報過剰の時代にあっても,見る,聞く,味わう,嗅ぐと違って,触覚体験の方は極度に少なくなっている.考えてみるとわれわれは,上等のモノには容易に触れない,という仕組みの社会に長いこと生きてきた.書画骨董は言うに及ばず,高価な家具,豪奢な衣装,あるいは恍惚とするくらい美しい高級果実などには,必ず‘手を触れないでください’という注意書きがそえてあった.思わず触っみたくなるという内的衝動は,一片の注意書きにさえぎられてみるみるしぼんでいく.これはあきらかに触感の階級化である.上等のモノに触る,あの楽しみは,そのモノを私有できる階級に限られているのだ.
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