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“うじ”といえば衛生害虫に属するハエの幼虫のことであり,「うじが湧く」イコール「不衛生」というイメージをもっている方が大半であろうと思う.実際,うじの湧くところは生ゴミや動物の屍体,排泄物など腐敗したものの上であり,成虫であるハエはサルモネラや赤痢菌,赤痢アメーバや各種の寄生虫,およびポリオウイルスを伝播することが知られる.また,最近ではO157や鳥インフルエンザウイルスの伝播の報告もある.
まさに親子ともども“病原虫”なわけで,うじが生きた人間に湧いているのを実際に見ると,見た目がグロテスクなばかりか“毒”か何かをつけられているような感覚に陥り,早急に排除したくなる衝動に駆られる.実は先日,実際に生きた人間の足にうじが湧いた症例を経験した.その患者さんは認知症で,家庭ゴミを収集する趣味があり,自分の部屋にゴミを集めては溜めていた.家族も,いうことを聞かない母にあまり干渉せず,好きなようにさせていたとのことであった.当然ゴミからはうじが湧き,ハエが部屋中を飛び回っていた.その方は抗カルジオリピン抗体陽性で,下腿潰瘍があり,その治療で当院を受診されていたのだが,ある日「丸1週間1度も処置をさせてくれなかった」と家族が患者を連れてきた.処置をしようとガーゼを剝ぐってみると,なんとクリーム色の潰瘍面が波打っているではないか.よく見ると,それは長さ3~4mmほどのうじがひしめき合っている状態だったのである.知識不足でうじが潰瘍下に迷入していくのではないかという不安が湧いてきて,夢中でうじを取り除いたのだが,取り除いた後の潰瘍面をみると,うじがついていなかったほうの潰瘍面に比べて壊死組織の付着も少なく,その後の上皮化も比較的早かった.後で調べてみると,うじは新鮮な組織に迷入することはなく,壊死物質を消化酵素で溶かしながら液体を啜って栄養分にするらしい.これで潰瘍面のデブリードメントが行われたことになる.しかもそのアルカリ性の消化酵素が殺菌作用としても働くらしい.また,うじの蠕動運動が肉芽促進にプラスに働きかけ,上皮化も促進されるとのことである.実はこれはオーストラリアを中心に行われているMaggot Debridement Therapy (MDT)そのものであり,その起源は数千年前に遡る.現代では正式に潰瘍治療法として確立されている.もちろん治療で使用するのは医療用の無菌うじで,日本でも2005年4月に医療用のうじを飼育販売するJapan Maggot Companyが設立され,輸入うじよりも比較的安価で購入できるようになった.患者の了解さえ得られれば,禁忌例もなく,副作用もないため,特に抗生剤が効きにくいような症例などに試してみる価値はあるのではないかと思う.衛生害虫として忌み嫌われるハエの幼虫“うじ”ではあるが,医療が進んだ現代において,MDTが再評価されてきているのをみると,先人の知恵,侮れないと痛切に感じた.(〒807-8555 北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1)
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