- 有料閲覧
- 文献概要
十数年前のこと,高度なアレルギー性鼻炎,顔面全体のアトピー性皮膚炎,それに気管支喘息を併発している小児が私の診察室を訪れた。驚いたことに,アトピーは皮膚科,喘息は小児科,さらに鼻が閉まるので私のクリニックを受診したものであり,今まで治療していた皮膚科,小児科の先生方はお互いに連絡をとっているわけでもなく,私の所に受診するさいも紹介状一つ持っていない状態であった。それで,今まで診ていた先生の所に電話して使用されている薬剤を知り,ようやくアレルギー性鼻炎の治療をした経験がある。それ以来,幸いに私は私自身アレルギー性鼻炎があり,アレルギーに興味をもって勉強していたし,現在東海大学医学部の学生である次男が気管支喘息があり発作に悩まされていたため,それを治そうと喘息の勉強もしていたので,このような症例は一貫して私が治療を行う方針をとった。この方針は患者から非常に喜ばれた。このことが世間に知れ渡るようになると,アレルギー性鼻炎合併のない気管支喘息単独の症例もかなり受診するようになったが,気管支喘息重積状態というべき症例も,家庭医で治らず遠方から運び込まれるようになった。こうなると,気管支喘息の発作は午前3時から明方にかけて起こることが多いので,夜は睡眠不足の日が続くようになった。しかし翌日の勤務に差し支えるほどでもなかった。とくに最近開発された肥満細胞・好塩基球などからの化学伝達物質遊離を抑制するとされている,いわゆる"抗アレルギー剤"がアレルギー性鼻炎,気管支喘息,アトピー性皮膚炎のすべてに有効であり,とくに予防的使用の効果が認められている現在,各個に診療していたのではよほど連絡を密にとらないと重複投与などの危険があるわけである。したがって局所所見を充分に把握できる私ども耳鼻科医が,アレルギー科としてこの方面に進展したら如何と思う。これが難しい場合,少なくともアレルギー性疾患すべてに関する知識を深めていくべきであろう。
さらにこの頃から,以前からメニエル病に対し私が行っていた鼓索神経切断術が学会から厳しい批判を受けていたが,世間の人びとからは認められて(最近,社会保険の手術点数が決定された),手術を希望するメニエル病患者およびその類似疾患(突発性難聴,椎骨脳底動脈循環不全症など)が増加した。このような手間のかかる疾患の増加とともに日常の外来終了が午前2時〜3時になることが多くなった。したがって手術はどうしてもその後に行わざるをえない状態となった。初めはこのことは私にとってかなり苦痛であり,睡魔と闘いながら手術を行うこともあった。そのうちに,頭脳および体調が午前2時〜3時に絶好調にもってゆくことを憶え,このような形態で手術をすることが当然のこととなり,さらに重要な愉しみになってきた。というのは,物音一つ聞こえない森閑とした手術室で,精神を集中して手術に打ち込むことによって,九大笹木一門の得意とする丁寧な手術が落ち着いてでき,手術成績がよくなったからである。また手術用顕微鏡下に行う中耳手術の場合,あたかも彫刻家が彫刻をしてゆくときもかくやと思えるような気分になる。このようにして,このやり方は私のクリニックではすっかり定着してしまって,十数年経過した。
Copyright © 1989, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.