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Ⅰ はじめに
ベル麻痺やハント症候群などの顔面神経麻痺の診療において最も大切なことは麻痺発症早期に適切な治療を実践し,後遺症の発生を可能な限り予防することであるのはいうまでもない。しかしながらステロイド大量療法1)や抗ウイルス剤投与2),あるいは顔面神経減荷術3)といった現存する高度医療を駆使しても麻痺の治癒率が100%に到達しないのもまた事実である。顔面神経麻痺の後遺症には,麻痺そのものの残存をはじめ,眼瞼や口唇周囲の痙攣,顔面のひきつれやこわばりといった拘縮に由来するもの,食事時に閉眼してしまうといった病的共同運動,食事時に流涙過多となるいわゆる『ワニの涙』などが挙げられるが,これらのなかでも患者を最も悩ませるものは拘縮と病的共同運動であろう。麻痺が残存する患者に対してはこれまで積極的に筋力強化訓練が行われてきたが,動きの再獲得を目指した筋強化訓練(粗大運動)によってかえって病的共同運動や拘縮が強くなるというジレンマも経験した4)。これら拘縮や病的共同運動といった後遺障害に対しても従来,バイオフィードバックを理論的背景としたリハビリテーションが行われてきたが,十分な効果を挙げているとはいえなかった。
近年,特発性片側性顔面痙攣(以下,HFSと略す)に広く使用されるボツリヌストキシンA(ボトックス®,アラガン:以下,BTXと略す)の応用によって後遺症治療が新しい展開を迎えている5,6)。つまり,HFSの原因には諸説があり,いまだ明らかにされたとはいえないが,表出している現象の主体は拘縮と病的共同運動であって,麻痺後遺症と類似点が多いことにその応用の根拠が存在する。つまり,血管による圧迫や神経の損傷といった原因の違いはあっても,これらはともに中枢の顔面神経核の過度の興奮を背景として生じている7,8)。BTX治療はこの中枢の興奮性や迷入した再生神経をいったんリセットすることで,その後のリハビリテーションを容易にしようとするものである。
本稿では著者が取り組むBTXとリハビリテーションを併用した,また場合によって顔面の吊り上げなど静的再建術も取り入れた顔面神経麻痺後遺症の治療法を紹介する。
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