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Ⅰ はじめに
特発性顔面神経麻痺,いわゆるBell麻痺(ベル麻痺)の病因については,近年の分子生物学的検査法の進歩により,主に膝神経節に潜伏感染する単純ヘルペスウイルスⅠ型(herpes simplex virus typeⅠ:HSV-Ⅰ)の再活性化が大きな役割を果たしていることが有力視されるようになったことは周知のことである1)。水痘帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus:VZV)の再活性化が関与するRamsay Hunt症候群(ハント症候群)とともに,末梢性顔面神経麻痺の代表的なこの2疾患はウイルス性の顔面神経麻痺として呼称される疾患ともなっている。一方,この2疾患をはじめとする種々の末梢性顔面神経麻痺の病態については,顔面神経が内耳道底部から茎乳突孔までは,側頭骨内の顔面神経管と呼ばれる骨性の狭いトンネル内を走行するという解剖学的特徴が深く関与する。
誘発筋電図検査をはじめとする電気生理検査は,種々の神経筋疾患の診断あるいは病態の評価,解明に必須の検査である。顔面神経麻痺患者の診断は,①原因疾患の診断,②障害部位の診断,③障害程度の診断(麻痺の転帰・予後の診断,回復の判定など)の各項目からなる。これら各種診断に用いられる電気生理学的検査法には,表1に挙げた種々の検査法が臨床にて用いられているが,これら電気生理学的検査は主に障害部位診断あるいは重症度を判定する予後診断法として利用されてきた。またベル麻痺やハント症候群の発症早期の病態が側頭骨内の圧上昇に伴うentrapment neuropathyであること2)が電気生理学的に明らかとなり,従来経験的に行われることも多かったベル麻痺,ハント症候群の合理的な治療のための理論的裏づけとして大きな役割を果たすようになった。
一方,急性期のみならず,回復過程や陳旧性麻痺患者における電気生理学的検査から,神経障害の回復,再生線維に関する知見が得られるようになり,合理的なリハビリテーション治療や神経移植の根拠となっている。これら神経生理検査は,病因検査としての分子生物学的検討とともに,顔面神経疾患の診断,治療のいわば車の両輪の役割を果たしているものであるが,近年は画像検査などの陰に隠れ,かつ実際の検査施行の煩雑さ,あるいは検査結果の解釈の難しさなどから,一般臨床の場においてはともすれば敬遠されがちな面もあるものと思われる。また麻痺急性期の病態の解明に比べ,不快な後遺症が残存する非治癒例における長期経過後の病態理解はいまだに一般的ではないように思われる。
本稿ではベル麻痺の診断に用いられる主な電気診断法としての誘発筋電図検査,特にelectroneurography(ENoG)やnerve excitability test(NET),瞬目反射(blink reflex test)などの測定方法や予後診断的価値などの臨床的意義を解説する。さらに発症後長期間を経過した後の検査所見の推移について示し,顔面神経麻痺後の回復や神経再生について概説する。
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