連載 あのころ あのとき・12
網膜微細構造研究のきっかけ
山田 英智
1
1東京大学解剖学
pp.1952-1953
発行日 2001年12月15日
Published Date 2001/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1410907569
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解剖学を専攻する私が「臨床眼科」から原稿の依頼を受けるのは,「眼」に関係した研究をしてきたことによるのであろう。“網膜の微細構造の研究を手がけられたきっかけは?”と聞かれることが多い。強いていえば,いくつかの要因があったように思う。
1945年3月に九州大学医学部を繰り上げ仮卒業して軍務につき,敗戦,復員後,9月に正式に卒業して解剖学教室に入り,顕微鏡を使った研究に従事することになった。学生時代の夏休みに病理学教室で顕微鏡用標本作製法の手ほどきを受けていたが,改めてメスの研ぎ方に始まり,固定,包埋,薄切,染色という過程を身につけることに努力した。一方,これら各段階でいろいろな疑問が生じ,組織中の結合水の量を測定したり,切片上で細胞構成分の等電位点を調べることを試みたりした。また,昭和初期に購入された紫外線顕微鏡があったので,単波長の紫外線を使って細胞内の核酸の局在を映像化することに熱中した。いずれも,師事した先生の指示によるものではなく,興味の赴くままに試行錯誤の毎日であった。その師(石澤政男教授)が1953年に亡くなられ,第2巻まで刊行されていた名著「組織学提要」続巻のための原稿が途中まで残されていた。それで未完の部分を補充して完成するという大役が私の肩に載ることになった。残された原稿に含まれていた「泌尿器」と「生殖器」の章のために,標本を作り,顕微鏡写真を撮り,付図をつけて,第3巻として刊行した。残った「内分泌器」と「感覚器」の章の原稿をつくるために,文献を調べ,標本を作り,勉強した。このことが「眼」の構造に興味を持つようになった第1の要因といえよう。
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