- 有料閲覧
- 文献概要
1965年(昭和40年),第69回日本眼科学会総会が熊本大学須田経宇会長主催で行われた。このとき,宿題報告のテーマは角膜移植の研究が選ばれ,3名の先生が研究発表を行った。この中の1人,慶応義塾大学の桑原安治教授は「全層角膜移植のための長時間眼球保存に関する研究」を報告した。この研究は全層角膜移植用に7日間保存可能な保存液の開発を目的として計画され,当時,多数の教室員がこの研究に従事した。研究の基礎になったのは当時の坂上道夫助教授の生化学的研究で,房水をはじめとした各種体液の無機イオンを微量分析法を用いて詳細に解明したものであった。塩類緩衝溶液のみのものを「Ks液」,これにコンドロイチン硫酸またはケラト硫酸を加えたものを「Km液」,さらにビタミンCを加えたものを「K液」と称した。これらの溶液を使用して多くの基礎的研究が行われたが,実験動物としてウサギ角膜はもちろんのこと,当時としては入手困難であったサル角膜を用いて実験が行われた。生化学班と形態学班に分かれ研究が進められたが,生化学班にはこのコラムの執筆者である原 孜先生がおられた。
私は眼科大学院を終了し,関連病院に出張中であったが,桑原教授の宿題報告が決定した時点で急遽帰局を命じられた。私の大学院での研究テーマは「網膜の電子顕微鏡的研究」であったので電顕の技術は習得していた。保存角膜の微細構造の変化を知ることは保存液の良否を知る上で絶対不可欠の方法であり,光学顕微鏡はもはやこの目的には限界があった。とくに内皮細胞の超微細構造は電顕でなければ知ることは不可能であった。このような意味で私が形態学班の責任者をおおせっかったわけであり,これが研究面での私と角膜とのかかわりあいの最初である。網膜研究の初心者が急に角膜に転向したわけで,いささか戸惑ったが,視覚器を前と後ろから解明することも無駄ではあるまいと考えた。
Copyright © 1997, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.