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はじめに―医師と診断告知
診断告知は医師の専任業務とされている。専門的な知識や技術が必要な「診断の過程」が,医師の専任業務であることは容易に理解できる。では,「告知」すなわち「診断名を告げ」たり,「医療情報を提供」する行為はどうだろう。やはり,医師のみが行うことができる「医療行為」だろうか。
医療法の解釈だけではなく,医療の本質から考えてみよう。誤った診断や不適切な診断告知は患者の不利益,特に重大な健康被害の原因になる可能性がある。診断から告知にいたる行為が,医師の専任業務であるとされる理由である。これはどちらかというと医療法の立場からの解釈であるが,その他にもいくつかの理由が考えられる。1つは予後の悪い病気の告知は,告知そのものが患者にとっては苦痛を与える行為であり,医学的な知識・技術・経験に裏付けされた告知技術によりその苦痛は最小限に押さえられるであろう。もう1つは,患者にとって医師の告知は自らの状況を「受容」する過程の第一歩であり,患者が自分の病気を正しく受容することが治療を進めていくうえで必須の条件だからである。
このように診断告知は診断過程だけでなく,告知行為そのものが患者の健康に深くかかわると考えられる。やはり,診断告知における医師の責任は重いといえよう。近年,がんなど予後の悪い診断告知をどう行うべきかの議論が続いているので,このことは改めて強調することは必要ないであろう。
非医師である専門職遺伝カウンセラーが行う遺伝カウンセリングの現場でも「悪い知らせ」を伝える技術は,カウンセラーの重要な技術とされている。遺伝カウンセラーが診断告知まがいの業務を行うという意味ではない。1人の患者だけではなく家族,親族が診断の対象となったり,治療法が限られている先天異常や遺伝性疾患では,主治医が遺伝カウンセラーと協力して患者やクライエントに対応するほうが効果的だからである。経時的に医師の診断告知と連繋した遺伝カウンセラーによる「告知後の援助」や,クライエントが遭遇する色々な場面で役割を分担しながらの協力作業が必要となる。
遺伝子診療部などチームで遺伝医療を行っている現場では,主治医が告知や医療情報を提供したうえで退席し,後を遺伝カウンセラーが引き継ぐというスタイルを採用しているところが多い。この場合でも,遺伝カウンセラーは必ず主治医の告知に立ち会うのが普通である。「主治医の役割は診断から告知まで」,「遺伝カウンセラーの業務は告知後の援助から」と機械的に役割分担したのでは,双方の連繋を上手に行うことは難しい。遺伝カウンセラーが医師の告知の後を引き継いだ場合でも,クライエントを相手に「告知の状況を再現」したうえで,クライエントの心理的介入を行うこともある。これもカウンセリング技術である。
このように,遺伝医療の現場でも,診断告知が主治医の責任下に置かれることは他の疾患と同様であるが,クライエントに馴染みの少ない遺伝学上の説明が必要だったり,受容が難しい内容を多く含むため,遺伝カウンセラーの協力による補助的医療行為が診断告知の質を大きく高める。専門職の遺伝カウンセラーにとっても「診断告知」は重要なテーマなのである。眼科医の皆さんにとって診断告知は日常業務であろう。もし専門職の遺伝カウンセラーが協力させていただく場合,主治医が「告知が患者に及ぼす影響」や「告知後援助の基本技術」を理解したうえで協力要請を行うか,そうでないかで患者の受容過程は大きく変るのである。本稿で遺伝カウンセリングにおける「悪い知らせ」を伝える技術を取り上げた理由はここにある。
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