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はじめに
筆者らは,ヒト成体網膜幹細胞の増殖・分化を制御する基本的なメカニズムを解明し,それを網膜の再生医療に結びつけることを目的に研究を進めている。
哺乳動物の神経系の発生では,神経幹細胞が未分化な状態を維持したまま分裂した後,適切なタイミングで神経細胞またはグリア細胞に分化する1)。中枢神経系に属する唯一の感覚器である網膜は,5種類の神経細胞(視細胞,水平細胞,双極細胞,アマクリン細胞,網膜節細胞),ミュラーグリア細胞および網膜色素上皮細胞から構成され,これらは共通の網膜幹細胞から発生する2)。網膜幹細胞はマウスにおいて,胎生10.5日頃に出現してから,自己複製能により成体に至るまで維持されることが知られている3)。
遺伝性変性疾患,加齢性黄斑変性などによる網膜細胞の変性には,有効な治療法は存在しないのが現状である。これらの疾患に対する治療法の開発は次世代に残された大きな課題であり,新しい治療法の開発が望まれている。
このような背景から神経系幹細胞移植を網膜変性の再生医療として用いる研究が開始され,世界的に注目を集めている。これまでに,大脳由来神経幹細胞を成体眼内に移植すると,移植された眼内ではニューロンへは分化するが,網膜特異的なニューロンへは分化しないことが示されている4)。一方,幼若網膜から得られた網膜前駆細胞を生体内へ移植すると網膜の細胞に分化する5)。このように眼内移植材料としての幹細胞は,網膜の細胞に運命決定を受けている網膜前駆細胞が望ましく,さらに拒絶反応などの問題を考え合わせると自己移植が必要で,成体からの自己網膜幹細胞の単離が望ましい。現在筆者が所属するトロント大学van der Kooy研究室は,神経系を中心にしてさまざまな幹細胞の単離と解析において多くの知見を報告しており,特に網膜研究においては数年前に世界で初めてマウス成体網膜から網膜幹細胞の単離に成功した3)。
最近,筆者らはヒト成体眼からも網膜幹細胞が単離可能であることを示し,その性質を評価した6)ので,本項ではその知見をまとめる。
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