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はじめに
癒着胎盤診療の「決定版」はまだない.エビデンスも少ない.本稿では,前置癒着胎盤の診療法・手術法について記述していく.諸家の報告を記載しつつ,われわれが現在行う手術法を紹介する.この方法が最良とは限らず,今後診療法・術式を改変していく可能性もある.
福島県立大野病院での癒着胎盤症例死亡とその後の担当医師逮捕事件以来,自治医科大学周辺の1次・2次施設は,前置胎盤症例あるいは低置胎盤症例すら,そのほぼ全例を3次施設の自治医科大学附属病院へ紹介・転送するようになった.これまで年間30例程度であった当院の前置胎盤症例は2006年には倍増して58例に,2007年上半期数から推計すると2007年症例数は3~4倍増が予想される.本稿執筆時点で定床52の産科ベッドを6例の前置胎盤症例が占めている.
癒着胎盤は妊産婦を死亡させ得る疾患である.癒着胎盤の治療方法についてはまだ「決定版」がない.癒着胎盤の頻度が低いこと,癒着の程度にばらつきがあり癌のステージングのような客観評価(grading)が困難なこと,緊急手術になる可能性があること,施設により対処能力に相当な格差があると予想されること.以上から,癒着胎盤への最適治療法が明示できるようなRCTは組みにくい.レベルIエビデンスに基づく本疾患への治療法が呈示される可能性はほとんどない.現在は,癒着胎盤への治療法が模索され,その経験が集積されてきている段階だといえる.
癒着胎盤の診断方法には種々の進歩がみられる.診断の柱は超音波,カラードプラ,MRIの3つで,その診断感度はかなり高い1).これについては前置胎盤の項で記載がある.なお,癒着胎盤(広義)にはaccreta,increta,percretaの3つが病理学的に区別されるが,これらは子宮摘出後に知れるわけで,術前診断できない.本稿では,癒着胎盤の最重症型であるpercreta,ことに膀胱筋層へ胎盤が入り込んだ,最も危険なタイプの癒着胎盤,なかでも「前回帝王切開の前壁前置癒着胎盤」を想定して記述していく.患者は今回カイザー児を含めて2名の,あるは少なくとも1名の健児をすでに授かっていると仮定し,子宮温存は原則考慮しない.術中出血死も危惧される最重症タイプを想定し,それへの救命手術・方策に的を絞って記述していく.最困難例(percreta膀胱浸潤)に対処できれば,より軽症例(accreta,increta)への対処は容易であるとの理屈からである.より軽症なaccretaやincretaの記載もcontextを進めるうえで混入してくるが,気にせず読み進めていただきたい.
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