- 有料閲覧
- 文献概要
最近の分子生物学的研究の進歩はめざましい.とくにfunctional MRI(fMRI)やPETを用いた痛み領域の研究により,注目すべき事実が次々と明らかになってきている.その中の一つに,ドーパミンシステムが挙げられる.慢性腰痛にはストレスやうつなどの心理社会的因子が深く関与していることは明白であるが,その機序に関しては明らかではなかった.しかし,最近の分子生物学的研究により,心理社会的因子が慢性腰痛となぜ密接な関係を持つかが解明されつつある.
人体に痛み刺激が加わると主に側坐核でオピオイドが産生される.このオピオイド産生に関与しているのがドーパミンである.すなわち,痛み刺激が加わると腹側被蓋野からphasicドーパミンが放出される.Phasicドーパミンの放出により,側坐核でμ-オピオイドが産生され,痛みが抑制される.このシステムをドーパミンシステムと呼ぶ.Phasicドーパミンの放出は,痛み刺激のみではなく,快感や報酬の期待によっても起こることが判明している.一方,抑うつや慢性痛が存在するとphasicドーパミンは痛み刺激に十分に反応せず,その結果,μ-オピオイドはきちんと産生されず,痛みの抑制機構が働かない.Phasicドーパミンはtonicドーパミンにより制御されている.Tonicドーパミンは,細胞外シナプス間隙に常に一定の濃度を保って分泌され,phasicドーパミンの反応性を制御している.すなわち,tonicドーパミンが増加するとphasicドーパミンの放出は減少し,逆にtonicドーパミンが減少すると,phasicドーパミンの放出が刺激される.ストレス,不安,うつなどが存在すると,海馬からtonicドーパミンが放出される.その結果,痛み刺激に対するphasicドーパミンの反応性は低下し,十分なμ-オピオイドが産生されなくなり,痛みが増幅されていく.以上の機序が,心理社会的因子と慢性腰痛との関連性を説明する分子生物学的機序である.線維筋痛症の病態は明らかではないが,線維筋痛症の患者ではこのドーパミンシステムが破綻していることが明らかにされている.同様に,筆者は身体表現性障害の中にはドーパミンシステムが破綻している患者が少なからず存在しているのではないかと考えている.
今後,fMRIやPETを用いた慢性腰痛の解析により,慢性腰痛に対する新たな治療法の開発が期待される.
Copyright © 2009, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.