患者と私
医者と患者の人間関係
榊原 宏
1
1岡山市榊原十全病院
pp.642
発行日 1965年5月20日
Published Date 1965/5/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407203614
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私が小学校の頃,郷里に有名な耳鼻科のA先生がおられた.門前市をなすと云つた盛況を呈していたが,恐しい先生,どなりつける先生ということでも有名で,私が中耳炎になつたとき,子供心にも泣いては叱かられると,歯を喰いしばつて治療を受けたことを想い出す.この先生は患者が病気のことを聞くと「耳が悪いのじや」の一言.なおも病状の説明を求めると「馬鹿者,お前が病気のことを聞いて何になる,まかせておけ」と大喝一声,患者は「申訳けありません」と引き下がるのであつた.この神がかり的な言動は多数の患者の信頼を受けていたようであつたが,それは新興宗教の教祖的なものであつて患者対医者の人間関係はかくあるべしとは申せないのである.ところが先日医局員がアナムネーゼをとつているのを聞いていると誠に不思議な問答がなされている.「では,1ヵ月間入院されていたのですね.B先生の診断はどういうことでしたか」「それが何とも仰言つて下さらないのでどういうことになつているかわかりません.胃が悪いのではないかと思つています」誠に時代遅れの感があるが,案外にこのようなケースの多いのに驚く.A先生と全く同じではないか.この患者は胃潰瘍の患者であつたがどうして医者もその病気について説明し,患者も一番大切な自分の体の病気について説明を求めなかつたのであろうか.
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