- フリーアクセス
- 文献概要
- 1ページ目
今にして思えば,1973年はわが国の炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)元年であった.この年,厚生労働省(旧厚生省)による「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班」(以下,研究班)が発足し,わが国におけるIBDの調査研究が本格的にスタートした.当時,IBDは国内ではほとんど知られておらず,特にクローン病は未知の疾患であった.しかし,現在も存続しているこの研究班の継続的な活動のおかげで,今やIBDはふつうの疾患(common disease)になった.消化管の専門家がいる医療機関なら,日本中どこでもIBDの診断が可能で,ガイドラインに基づいた均一な治療が行われるようになったのは,ひとえにこの研究班の活動の賜物であると言ってよい.厚労省からは班員,班協力者を選ぶ際に,できるだけ全国からまんべんなく選んで,研究よりは勉強の機会を多くの医師に与えてほしいという要望があった.研究会は全国から集まった消化管専門の医師であふれていたが,そのほとんどはIBDに関しては素人同然であった.もっとも,教える側(?)の班員のレベルも今から比べると大したことはなかったのだが.しかし,厚労省のこの方針はIBDの診断・治療の均てん化の推進に大いに役立った.研究班の大きな課題の1つはIBDの診断基準と治療ガイドラインの作成であったが,この仕事は着々と改訂が進められ今やほぼ定着したと言ってよい.病態の解明も著しく進展したが,病因の解明は核心により接近したとはいえ,残念ながらいまだ解決に至っていない.手術適応,手術法についても研究班の努力でほぼ一定の見解が得られている.数ある難病研究班の中で,IBD研究班は最も成功を収めた班の1つと言ってよいと思う.
班研究の成果は毎年報告書として提出され,全国の主たる医療機関に配布されるが,一般病院にその情報が伝達されるのはさらに2~3年のタイムラグがあるのがふつうである.多くの場合,医学的商業雑誌の特集がその役割を果たしていた.このタイムラグを短縮するために筆者がIBD班長期間(1991~1995)の成果をまとめて成書にしたのは1999年のことであり,それなりの役割を果たしたと思う.本書は日比班(2002~2007)の成果を同様の主旨でまとめたもので,“IBD診療・研究のための決定版”と銘打っただけあって,大変よくまとめられた有用な成書であり,前書から10年の進歩の跡がよくわかる.治療法として6MP,アザチオプリン,シクロスポリン,白血球除去療法,抗TNF-α抗体(レミケード®)などが日常診療の中に登場し定着したのは大きな進歩である.また,手術療法が特に潰瘍性大腸炎において,病気との決別の最後の手段として確固たる地位を占めるようになったことは大きな意味がある.生体の免疫異常が病因・病態に関与していることは明白であり,最後の詰めができていないことは残念であるが,今後の班研究の成果を待つことにしよう.日比班を継ぐ渡辺班の粘膜上皮再生をターゲットにした研究に大いに期待したい.
Copyright © 2011, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.