文学漫歩
―山際淳司(著)―山際淳司(著)『江夏の21球』―(1980年,文藝春秋社 刊)
山中 英治
1
Yamanaka Hideharu
1
1市立岸和田市民病院外科
pp.534
発行日 2003年4月20日
Published Date 2003/4/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407101368
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手術中に予期せず太い静脈が裂ける.血の海の中で圧迫する.しばらくして押さえた指を緩めると,またドッと出血する.背後から術野を覗いていた教授が廊下に出た.血管外科で修練した若い医師に電話をしているようだ.こんな夢でうなされた経験がある.この状況下で術者は2つのタイプに分かれる.「ここで代えられてたまるか,俺に任せてくれ」という負けず嫌いと,「助かった,ありがたい」と安堵する者で,もちろん弱気な私は後者である.
1979年11月4日.プロ野球日本シリーズ近鉄対広島最終戦9回裏,1点をリードされた近鉄の攻撃.マウンドにはリリーフエースの江夏豊.先頭打者羽田がヒット,代走藤瀬.打者アーノルドの時に盗塁,悪送球と四球で無死1,3塁.アーノルドの代走吹石の盗塁と敬遠で無死満塁.大ピンチで江夏の気持ちを乱したのはベンチの動きだった.監督は若い投手をブルペンに向かわせた.江夏は「俺はまだ完全に信頼されてるわけじゃないのか」と思う.江夏の感情を鎮めたのは,この時マウンドに駆け寄った一塁手衣笠の「俺もお前と同じ気持ちだ,ベンチやブルペンのことなんて気にするな」という言葉だった.集中力が戻った江夏は佐々木を三振に取る.そして次の石渡が今でも信じられないというスクイズを外して藤瀬がアウト.石渡も三振に仕留めた江夏は胴上げされた後,ベンチに戻り涙を流す.
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