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近年,「sentinel node navigation surgery(SNNS)」の導入によって,あらためて「lymph(リンパ)」が脚光を浴びている.これを反映するかのように,色々な雑誌において「SNNS」が特集されているが,リンパ学の歴史からみると誤った認識と思われる記述が見受けられる.それは本誌(臨床外科)の2004年の第59巻5号(特集:Sentinel node navigation surgery―新たなる展開)にみられる記述で,具体的には,鹿児島大学の上之園らの「Sentinel nodeトレーサーの特性に関する新知見」という論文の冒頭にある「トレーサーを用いたリンパ流の研究は,1622年にGasparo Aselloが色素を用いてイヌの腸間膜リンパ管を描出した報告が最初といわれる」という一節である.
Gasparo Aselli(1581~1625)(図1)は,「血液循環説」を唱えたイギリスのWilliam Harveyと同世代で,パヴィア大学(パドア説もあり)に学んだのちにミラノ大学に奉職(「外科医」説もあるが,当時の解剖学教授は外科教授を兼務することがほとんどであった)するところとなり,1622年(1623年説,1627年説もある)に現在の腸間膜リンパ管に相当する構造を「lacteal vessel=chyliferous vessel(乳び管)」として報告した(図2).Aselliが活躍した17世紀は,Vesaliusのあとを受けて人体解剖が盛んに行われるようになったことから「解剖学の世紀」と言われるほど,解剖学上の新知見が飛躍的に増加した時期であった.そういう時期に,Aselliは摂食後のイヌを「生体解剖(vivisection)」している最中に,腸間膜表面に従来から知られている血管系とは異なる「白色の線条構造」を認めたのである.当初は神経かと考えていたが,よく観察すると神経系とも違う構造であることが判明した.また,絶食中のイヌではそのような白色の線条構造は認められなかったとしている.このような観察結果から,Aselliはこの「白色の線条構造」を「venae albae et lacteae=chyliferous vessel(乳び管)」と称して報告したのである.
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