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第37巻第10号をおとどけする。本号は中村,亀山両先生の総説「痴呆の病態生理」をいただいた。本邦の平均寿命は男性74.5歳,女性80.2歳で世界一という。9月10日の新聞によると100歳以上は現在1,740人で女性はその8割を占め,なお今年度に満100歳になる人は977入とある。日本一長寿者は世界最高齢者でもあり120歳という。今から120年前の1865年は慶応元年で明治維新の2年前にあたり,アメリカでは南北戦争が終ってリンカーンが暗殺された年である。医学関係ではベルナールの「実験医学序説」が出版された。ちなみにこれより6年前の1859年にダーウィンの「種の起源」,この翌年の1866年にはヘッケルの「一般形態学」とメンデルの論文「植物雑種の実験」が発表された。これらの歴史上のことがぐっと身近になった思いがする。余談が長くなって恐縮だが,このような平均寿命の延長に対応して61年度の厚生省予算概算要求には高齢化対策に重点を置き長寿科学総合研究機構設立をもり込んでいると聞く。随分以前に有吉佐和子氏の小説「光惚の人」が話題になり,これからの高齢化社会においては痴呆が提起する問題は一層深刻であろう。このような時期に痴呆の病因論を指向する総説をいただいたことに心から御礼申し上げる。
最近マイネルト核の名をよく耳にするようになったのは,おそらくこの神経核が痴呆に関連して脚光をあびてきたせいであろう。東ドイツのドレースデンに生まれ,ヴィーンで活躍した精神医学者マイネルト(1833-1892)は"Erst seit Meynertist das Gehirn beseelt."といわれる程の功績を残したといわれる。すでに1867年に大脳皮質の部位による構造的差異に気づいており,ブロートマン(1909)の異原皮質,同原皮質,フオークト(1910)の異皮質,同皮質の先鞭をつけたとされる。また大脳皮質器官学を確立し,彼のひきいるヴィーン学派をサルペトリエール学派とクイーン・スクエア学派のレベルにまで高め,フレクシヒ,ヴェルニッケ,フオレル,フロイトに多大の影響を与えた。脳解剖学の分野においても,さきのマイネルト核の他に,マイネルト交連,マイネルト反屈束,マイネルト交叉,小脳脚内側部(IAK)にその名を残している。IAKはinnere Abteilungdes Kleinhirnstiels (1872)の略語で,室頂核から前庭神経下行路に至る有髄線維束を指し,これが索状体(下小脳脚)の内側に位置するところからデジェリーヌは索状傍体(1895),ツィーエンは小束体(1913)と呼んだ。一般に小脳は脳幹と上,中,下の3本の小脳脚で連結されると説かれるが,IAKは4本で連結されていることを早くから主張していると解される。IAKなどの名称はインターンの頃小川先生の「脳の解剖学」で知った。邦語で書かれた平易な書物や総説に私はずっと恩恵を受けてきたように思う。
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