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失語症その他の脳に病巣をもつ患者を診るばあい,単に巣症状だけでなく患者の全体的精神状態も十分に考慮する必要があることは,あらためてことわるまでもないだろう。患者の示す態度のうち,まずGoldsteinが破局反応(catastrophic reactions)と呼んだ反応に注目せねばならない。患者はひとたびテストに失敗すると,いままでの態度を一変し,逃げ腰になって不安,困惑を示したり,泣き出したり,不気嫌になつてかんしやくを立てたり,攻撃的な行動を示したりする。あるいはごまかしたりテストを拒否したりするので,面接を中止せねばならなくなる。これがいわゆる破局反応であつて,脳損傷患者は困難な状況におかれるとこのような反応に陥りやすいため,つねに破局的な危機をさけようとしている。もちろんこれを意識的にしている,というのではなく,一種の生物学的本能ともいうべきものがそうさせているのでもあろう。患者は自己の限られた能力の範囲内で平衡を保とうとするから,独持の態度をとることが少なくない。たとえば,極度に単調な変化の少ない仕事だけをしようとする。このような態度の一つに,過度の整頓癖(excessive orderliness)がある。身辺の物品はみな独持な仕方で整頓され,あるべき処にないと不安の種がます。無秩序がたえがたい。無秩序なところでは選択が必要で,そのため急速な態度の変換を要する。それができないための整頓,几帳面なのだ。破局反応にいたらぬまでも,抑うつ的な気分が支配することも少なくない。失敗にいたく失望し,ときにはテストを施行する前からもうできない旨を予告する。あるいは失敗のいいわけをする,つまり合理化を行なう,等々である。
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