- 有料閲覧
- 文献概要
近頃投稿されてくる原稿に書きなぐりともいえるものが,散見されるのは残念である。まだまだ満足な文章もかきえない身でこんなことをいうのは気がひけるが,立場上割切らざるを得ない。1日でも早く発表したいという気持はいたいほど分るが,皮肉なことにそうした原稿にかぎつて何度よみかえしてみても何が重点なのか,何がオリジナルなのかはつきりしないものが多く,その上もう一ぺん自ら読み直すか,誰か身近な人に読んでもらえば直ちに気付くと思われる誤字やあいまいな表現が随所にみとめられる。交通安全標語めくが投稿される前に「いま一度一字一句をあらためて」いただきたいと思う。もし身近かに読んでもらえる人がいない場合は原稿を書いたらとりあえず机の引出しの中にでも入れておき,1週間ぐらいしてから取り出して新たな気持で読み返してみるとよいと思う。人によつて違いはあろうが,大方は不足,不充分なことに気付かれるのではあるまいか。一度読み下しただけで初心の人(編集委員を含むとご承知ねがいたい)にでも一応了解可能な文章であることがお互に幸せだと思う。文章の巧拙,個性ある文体などということはその上のことであろう。
その点われわれが範としてよいのは正岡子規や高浜虚子などの手になる写生文ではないだろうか。なかでも筆者に印象深いのは虚子の「大文字」という短文である。京の夏を飾る大文字の宵の町のたたずまいや人々の動きをぎりぎりにきりつめたしかも客観的な表現で淡々とつづつたものであるが,主観的情緒的な言葉を羅列した美文にもまさつて,当夜の人々の興奮を行間にあふれさせている。点火されてからのことには一言もふれていないが,その華麗さは余韻として読者には充分に推察がつく。心にくいまでである。科学論文だとて求めて無味乾燥である必要はない。患者の動きを描写し,標本の異常を記載する際に,その行間に発見の驚きやよろこびが浮き出るような文章であれば必ずや人の眼をとらえ,読む人の心を魅了しかつ鼓舞することと思う。
Copyright © 1972, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.