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I.はじめに
神経細胞の断血性変化(ischemische Veränderung)はSpielmeyer1)によつてはじめて提唱された神経病理学的用語で,脳の血管腕が閉鎖され,血液供給がたたれたため,その灌漑領域に相当するかぎられた部分の中枢神経系組織の栄養が阻害され,その領域が軟化し,液化する以前に,まず神経細胞が凝固性に壊死する状態をさしている。その典型像をNissl染色でみると,胞体は三角形に萎縮し,Nissl顆粒は消失するのみか,胞体とその突起は等質,硝子様にきわめて陰影的にしか染まらぬが,同時にかなり強く光を屈折し,一方,核も三角形その他に変形,萎縮し,randeもしくはtotale Hyperchro—masieを示すか,全般的に濃染し,核小体,クロマチン構造の区別がつかぬか,いちじるしく困難となる(第1図A,C).他方,H.E.染色でみると,胞体は突起ともども強くエオジン調に濃染し,細胞の形態は,Nissl染色よりもはるかに明瞭に浮きぼりされてみえるようになる(第1図B,第3図A,B)。ここでこのような核の強烈な変性像は,それ自体細胞死への道程を,また最近の組織化学的成果に照すと,胞体のエオジン調好染の本質は,アミノ酸をふくむタンパク変性を示唆し,結局は神経細胞の非可逆性崩壊過程を示すものと理解できる。なぜならある時間たつと,断血性神経細胞の周辺にはミクログリアやその他の細胞が集結し,さらに胞体内に侵入するNeuronophagie像が生じ(第1図C),最後はグリアその他の細胞要素からなる小結節性集団におきかえられてしまうからである(第2図)。したがってこのような一連の病的組織反応が発展するためには,一定脳血管の灌漑領域内での生命現象が漸進的に消失してゆく過程があり,そこに一定の経過時間を前提とするという,ある程度,緩漫に進行するNekrobiose (死生症)的プロセスの存在が必要である。
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