Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
脳外傷,脳手術などすでに高度の脳病変の存在する症例に行なう治療的低体温法と,手術中の処置として行なう低体温法とでは,そこにおのずから差異があるものと考えている。われわれの教室でも過去においてしばしば治療的低体温法の問題を検討してきた1)。現在の治療的低体温法にさらに改良を加え,治療成績をいつそう向上せしめるためにその作用機序を今一度検討してみたい。
60年の本学会でわれわれは,ゴム球を使用しての硬膜外脳圧迫を行なう際に,脳波の一定のパターンを規準とすることを報告した2)。すなわち犬において脳波が圧迫側,非圧迫側ともにflatとなるstageの点でおよそ1時間にわたり圧迫を続けた後,ゴム球内容を全部排除すると,動物はその後8時間ないし12時間の深い意識障害を示し,ほぼ全例が死亡することを知つた。この際ci—sterna magnaから髄液圧を測定すると,圧迫を除いた際一時術前の値の近くまで圧は下降するが,ふたたび次第に上昇し,非常な高圧に達するという所見を得た(第1図)。このような外傷犬に低体温法を施こした場合この髄液圧上昇の傾向が第2図のように,若干抑制されることもあるが,一方まつたく抑制されない例も存在する。すなわち単に減圧という目的のためには,低体温法は,かならずしも最善の方法とは言い得ない。N2O法を用いた脳循環諸量の測定では,脳血流量(CBF),脳酸素消費量(CMRO2)ともに正常犬では,低体温法を施こすと減少する。外傷犬では,外傷だけでもまた外傷後低体温法を施こしても,同様に減少する(第3図)。すなわち脳外傷によつて障害された脳血流が,低体温法によつて改善されているとは考えがたい。次に外傷動物では,脳血流量の減少が起こつても,しばらくの間,脳動静脳酸素較差(AV-O2 difference)を増し,従つて組織の酸素利用率(ERO2)は増大し,これによつて必要な酸素需要量の維持に努めるが,一定時間の経過の後,すなわちわれわれの経験ではおよそ5時間目ごろからAV-O2 difference, ERO2ともに減少し始め,その後減少の一途を辿る(第4図)。これはおそらく脳組織の障害が与えられた酸素を利用し得ない状態になつたものと解釈され,脳組織の不可逆的変化にもとづくものと信じられる。外傷犬に低体温法を施こした場合は,これに反して脳血流量が,前の場合とほぼ同じ程度に減少しているにもかかわらず,AV-O2 difference,(ERO2)はむしろ減少しており,復温後次第に冷却前の値,あるいはそれ以上の値に復していることがわかる(第4図)。すなわち低体温法は脳のHomeostasisの機構を,一定期間抑制することによつて,脳組織を外傷性代謝障害より保護し,これを生き延びさせるものと解釈することができる。いずれにせよ以上の成績は,脳外傷患者に対する十分な酸素補給がいかに重要なものであるかということまた低体温からの復温後も,引続き酸素を補給することが必要であることを,示唆するものである。
Copyright © 1962, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.