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まへおき
精神醫學に於ける豫後と云う概念は一般の場合と少しく異つている。直接生命の危險と云うことよりも,治療の對象たる人間が,人間らしい社會的適應性を保ち得るか,これを回復することが出來るかと云うことが目標である。然らずんば,假令生命は保ち得ても,そこには一個の人類と云う生物が存在するだけで,人間性は失われて了う。斯樣な意味に於て,人間としての機能の中心である精神作用を擔う腦髓に外科的侵襲を加え,多少ともその人間の社會的適應性の回復を計ろうとするのが精神外科Psycho-surgeryである。現在の所,此の療法の中心に立つものはMoniz以來のPrefrontal lobotomy or leucotomyであつて,更に之を出發點として色々な他の方法に發展しようとしている。又一方精神外科は癲癇の痙攣發作や頑固な疼痛に對する手術等を境として,腦腫瘍その他に對する一般腦神經外科に續くものである。
腦髓の如き複雜精緻な器官に對して外科的處置を加えて,先天的或は後天的に缺けた機能を再生し,又病的に亢まつている部分の機能を正常に戻すと云うようなことは先づ考えられない。要は,内科的に處置出來ない,或種機能の缺落又は機能亢進による精神機能全體の平衡,調和の歪曲に基く精神症状を目標として外科的侵襲を行い,一部機能の破壞,減弱,連絡の遮斷を來し,その結果として新しい平衡状態を招來し,症状の消失或は輕減を計るところにある。從つて,その適應を決定するに當つては,手術によつて失う所と,新に生じ得べき状態に就ての利害得失の愼重な檢討が必要であろう。この點内科的のシヨツク療法とは根本的に趣を異にし,その効果を評價批判する立場も異るのである。新に出來上つた平衡状態の落つく迄に相當の期間を要する場合もあり,又その上に來る本來の精神病の發作或はSchubによる症状の變化と云うこともあり,その際のシヨツク療法の影響の術前との差異,又術後の新しい精神状態の上に立つての訓練,環境の調整等精神療法的の面も無視出來ない。從つて効果の判定も短い間に簡單には片付けられないのである。手術例は實驗的な腦機能研究の材料としても大切に扱われなければならぬし,又同じ樣な症例に就ての手術効果が異つた場合に,溯つて術前の症状を分析檢討することによつて,精神病理學的に新しい寄與をもたらすことも期待し得ると思う。
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