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はじめに
パーキンソン病は,運動症状を中核とする進行性の神経変性疾患として知られてきたが,これに加えて非運動症状,とりわけ精神障害を高頻度に伴う疾患であることが認識されるようになった。パーキンソン病は病理学的には,黒質線条体の神経線維の変性・脱落とLewy小体の出現を特徴とし,その病理的範囲は脳の広範囲に及ぶ。また,生化学的にはドパミン欠乏を特徴とする。
パーキンソン病はもはや単なる神経疾患ではなく神経精神疾患である。本疾患では,認知機能障害,痴呆,うつ状態,精神病など多彩な精神障害を認める。これらの症状は,内因性,外因性,疾患関連性,治療の副作用などとして発現する。その症状には,気分障害(うつ症状),不安障害,認知機能障害,認知症,精神病のほか,物質関連障害としてドパミン調節異常がある。
認知機能については,発病初期から遂行機能をはじめとする認知機能障害を呈する。また,本疾患の40%に認知症を呈することもよく知られているが,この種の認知機能障害は認知症とは独立して出現する。20世紀後半から本疾患の認知機能障害について欧米を中心に積極的に研究され,おおむねごく早期からセット変換などの遂行機能に異常を認めることが明らかにされている。
パーキンソン病では,なぜ早期から認知機能障害が出現するかについてはいまだ不明であるが,ドパミンをはじめとするモノアミンの異常が基底核-前頭葉系に影響している可能性がある。Alexanderら1)の前頭葉-基底核回路は有名であるが,遂行機能障害は背外側部前頭前野回路の異常に由来すると考えられる。従来からもっぱら検討されてきた認知機能の領域がこの回路が担う機能であり,最近脳機能画像でも背外側部前頭前野の機能低下が捉えられている。一方,前頭眼窩回路や内側前頭回路の機能障害については,背外側部前頭前野回路のそれと比較するとほとんど検討されなかった。
しかしながら,最近になりパーキンソン病の前頭葉眼窩野(BA 10, 11, 12)の機能に関して注目されてきている。この領域は情動や社会的機能と関係が深い領域であることは推察されていたが,遂行機能検査のように多種多様の検査法がなかった。しかし,近年Damasioらによって提唱されているソマティック・マーカー(somatic marker)仮説2)を証明すべくギャンブリング課題(gambling task)の開発により,若干ではあるが,研究の糸口が拡げられてきている。前頭葉眼窩野は現在のところ3つの見解がある。すなわち,ソマティック・マーカー,刺激や反応の報酬価の評価,および心の理論である。パーキンソン病においてもこれら3つの機能について研究が始まっている。
本稿のテーマは社会的認知障害(social cognitive deficit)であるが,これは発達心理学において発展してきた概念である。自他の心の状態の区別が認識できず,意図や,感情をはじめ,自他の心の状態の認識や伝達の要求に欠け,そのために,社会的な相互作用のなかから基本的な社会的,情緒的情報を得ることに失敗したり,困難がみられたりする。その結果,言語性,非言語性コミュニケーション手段をはじめとしたさまざまな社会的機能に関連する認知機能が障害される。以上のような,より高次な心理・社会的な障害を社会的認知障害という。従来この種の障害は,発達心理学にける自閉症研究において活発に議論されている。本稿では,ソマティック・マーカー,刺激や反応の報酬の評価,および心の理論における異常を,社会的認知障害のなかに含めて考えたい。
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