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はじめに
レトロウイルスはプラス鎖RNAを遺伝情報として持つRNAウイルスに属するが,逆転写酵素を持っており,宿主細胞に侵入後,それを用いてウイルスRNAを鋳型にDNA(プロウイルスDNA)を合成し,宿主遺伝子に組み込まれた状態で感染し続けるとともに,プロウイルスを鋳型にウイルスを複製増殖するタイプのウイルスである。動物に白血病などの腫瘍を起こすオンコウイルスや,エイズの病原体である免疫不全ウイルスが属するレンチウイルスがこれに含まれる。
高月らにより発見された成人T細胞白血病(ATL)の原因ウイルスhuman T lymphotropic virus type 1 (HTLV-I)は,1981年にヒトで初めて見いだされたレトロウイルスで,日本での研究が世界をリードしている。1986年,納らは HTLV-Iのキャリアーに慢性進行性の痙性脊髄麻痺を示す一群があることを見いだし,HTLV-I-associated myelopathy (HAM)の疾患名で新しい疾患単位を提唱した29)。一方でカリブ海,コロンビアなどで「熱帯性痙性麻痺」tropical spastic paraparesis(TSP)として疾患概念が形成されつつあった患者の一部がHTLV-I感染と関連していたこととが明らかとなり,HAM/TSPとしてその疾患概念が確立した。
一方,1979年,アメリカの同性愛者にみられたカポジ肉腫の報告に端を発した後天性免疫不全症候群エイズの原因ウイルスhuman immunodeficiency virus (HIV)が発見されたのは1983年であった。エイズに伴う神経症状については当初,他の諸臓器と同様に免疫低下に起因する日和見感染症の多様性が注目されていたが,注意や認知・記名力の障害,精神運動活動散漫,認知障害などの精神神経症状に注目が集まり,Price,Naviaら27, 28)の一連の先駆的研究により,企図振戦などの運動障害と合わせて,AIDS dementia complexとよばれる臨床概念が形成された31)。すなわち,HIV-1はリンパ組織を破壊し免疫不全を引き起こすこととは別に,脳に感染して脳症・認知障害を引き起こすことが明らかとなった。
レトロウイルスが引き起こすHAMとエイズ脳症という2つの中枢神経疾患は,ウイルスの神経組織構成細胞への直接感染ではなく,ウイルスに感染したリンパ球やマクロファージが中枢神経内に侵入し,それを排除しようとする宿主免疫応答が神経組織を傷害するという共通の機序が想定される(図1)。われわれはHAMとエイズ脳症の発症機序について,ウイルスの動態と病巣での宿主の免疫応答に注目して病理組織学的手法で解析を進めてきた。本稿ではこの2つのヒトレトロウイルスが引き起こすHAM/TSPとエイズ脳症について,その臨床像・病理像の概略,ウイルスの動態と抗ウイルス免疫動態の特徴,想定される発症機序について,われわれの研究を中心に紹介する。
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