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I.“頭の回転の速さ”とは?
世の中に「頭の回転が速いですね」と言われて気を悪くする人は少ないだろう。また,ちまたには“頭の回転を速くする”効用をうたった教材やhow-to本が氾濫している。頭の回転が速いことは一般に望ましいことのようだが,喧伝されている内容を良く読んでみると,記憶法,速読法,右脳を鍛えるなど,脳科学者からすれば種々雑多である。実際「頭の回転の速さとは何か?」,ひいては「知性とは何か?」という問いに簡潔かつ正確に答えることは難しい。その理由の一つには,知性の概念の多様化がある。例えば,Yale大学のSaloveyとNew Hampshire大学のMayerは,従来型知性を測る指標として汎用されてきた知能指数(intelligence quotient : IQ)とは一線を画す,社会的知性を反映する指標として,こころの知能指数(emotional-intelligence quotient : EQ)を提唱している。また,Harvard大学のGardnerは,知性を「文化特異的価値に基づく,問題解決・生産力の源としての,潜在的な生物学的・心理学的能力」と定義した上で,8つのドメインから成る多重知性(multiple intelligences)を提唱している。多重知性理論によれば,知性には言語的知性(linguistic intelligence),論理・数学的知性(logical mathematical intelligence),音楽的知性(musical intelligence),空間的知性(spatial intelligence),身体運動感覚的知性(bodily-kinesthetic intelligence),対人的知性(interpersonal intelligence),内省的知性(intra-personal intelligence),博物学的知性(naturalist intelligence)があると言う。
多重知性理論に立脚して話を進めると,「“頭の回転の速さ”という知性指標があるとすれば,それぞれの知性ドメインに特異的なのだろうか。それとも,一事に通ずれば万事に通ずで,頭の回転が速い人は,何でも早くこなせるのだろうか。」という疑問が生じる。そうであるようにも思えるし,そうでないようにも思える。例えば,多数の言語を一瞬で切り替えることのできる流暢な多言語能力を持つ人が,製図や設計など高度な空間情報処理能力を要求する作業においても同じようにすばやいとは限らないだろう。ところが,そろばんの熟練者は,道具としてのそろばんをすばやく操作する能力と同時に,高速かつ正確な暗算技能を獲得している。さらに,この優れた暗算技能の基盤は,心内で空間表象を処理する能力であると考えられている。このことは,少なくともいくつかの知的ドメイン間(そろばん達人の例では,身体運動感覚的知性・数学的知性・空間的知性)では,情報処理速度の制御原理に共通性がある可能性を示すものであろう。複数の知的ドメインに共通する情報処理速度の制御原理があるとすれば,それはどのような神経基盤に基づくのだろうか。
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