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はじめに
分裂病に比べると,躁うつ病と創造性との関わりについての研究は,まだまだ立ち遅れているといわざるをえない。あの「霊感に打たれた状態」なるものが,おおむね相期的に経過し,明らかに軽躁状態を思わせるにもかかわらずである。Andreasen2)はアイオワ大学作家連盟30名の調査結果から,むしろ,この月並な印象を裏づけている。彼女によれば,80%に感情障害がみとめられ,躁うつ病は分裂病よりも創造との関連が強いことになる。だが,仕事遂行の量的上昇ならともかく,そこに創造の名に値する質的飛躍がみとめられるかどうかは疑問である。宮本19)もいうように,躁病においては創造に必要な「世界からのへだたり」がかえって失われてしまうからである。もし文学や芸術ではなく科学的創造を例にとるならば,こういう異議から身をかわすことができるかもしれない。おそらく,科学においては,量的増大が質的変容をもたらす「閾値」にあたるものが見いだせるはずである。
飯田と中井の名著『天才の精神病理』8)は,こういう閾値が成立する以前の科学的創造をあつかったものである。20世紀後半,コンピュータによる計算力の驚異的増大は,科学の地形そのものを大きく変えてしまった。ここでは,科学史におけるこの意味での特異点ともくされる英国の数学者アラン・チューリングをとりあげてみる。彼による「計算する機械」の発案ないし実現は,ある種の躁的メンタリティーに負うことなしにはありえなかった。母親サラ22)は亡き息子を愛しんで,Hodges7)はゲイ・リベレーションの一環として,それぞれ興味深い伝記を書いた。これら2つの伝記を参照すれば,チューリングにおける人格形成の「以前」と「以後」とが眺められるだろう。われわれの眺めを「内側」からのものとするため,Maturanaのオートポイエーシスに依拠しながら論述していく5,13)。心的システムの作動的閉鎖性に即して,システム間の構造的カップリングの様態をとらえるわけである。
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