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器質因がはっきりしないさまざまな身体症状の評価,治療をめぐって,精神医学をはじめとした精神保健の専門家の果たす役割は大きい。中でも医療者を悩ませる代表的な病態に器質因がはっきりしない慢性疼痛が挙げられるのではないだろうか。本邦における成人における慢性疼痛の有病率は10〜30%とされており,わが国における健康損失のきわめて大きな原因となっている(Nomura S, et al. Lancet 2017)。慢性疼痛のメカニズムは未だ十分に解明されていないが,近年の脳科学研究から,感覚のみならず情動に関連する複合的な脳領域(ペインマトリックス)が関与していることが示されており,古い教科書に記載されている,侵害受容器-脊髄後角-視床-体性感覚野といった経路のみの理解では到底及ばないことが判明している。それゆえ,その病態の理解には,身体-心理-社会面での複合的かつ複雑な連関を読み解く必要がある。実際,慢性疼痛の治療に対しては,従来の身体医学的な治療のみでは限界があることはよく知られており,効果が実証されているものの多くは,運動療法を含めた集学的なチームアプローチとアクセプタンス・コミットメント・セラピーを含めた新しい世代の認知行動療法である。
慢性疼痛と同様に頻度の高い機能性身体疾患に,機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群を代表とする機能性消化管疾患が挙げられる。機能性消化管疾患は,明確な器質因を欠く状態で,胃もたれや胃痛,腹痛,下痢,便秘などの多彩な消化器症状を示す疾患群を指す。近年,これら機能性消化管疾患の病態に関して,消化管運動や知覚の過敏さ,腸内細菌叢の変化などに加え,心的外傷や両親の養育など生育歴や心理社会的要因などが複雑に絡み合っていることが示されてきており,慢性疼痛同様の病態がその本質であることが想定されるようになってきた。
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