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本書は樋口輝彦先生,神庭重信先生,坂元薫先生という気分障害のみならず精神医学に造詣が深い,日本を代表する精神科医の座談会の記録である。20年前に行われた座談会の鼎談録「気分障害の臨床—エビデンスと経験」(星和書店,1999)の一部が本書の前半では再掲され,1999年頃の気分障害の診断,治療,トピックスをふりかえることができる。先生方は20年前にすでに将来を見据えた意見を述べていらっしゃっており,すばらしい先見の明に驚かされる。今から振り返ると,気分障害の臨床が大きく変化したことにあらためて気付かされる。2000年を契機に双極性障害に関する大規模な臨床研究が行われ,症候学,治療方法の大革新が行われた。2000年までは双極性障害は意外にもほとんど研究されない「顧みられない疾患」だったのである。さらに,うつ病に関しても,認知機能に着目した臨床研究,難治性うつ病に関する臨床研究,認知行動療法の普及,リワークと呼ばれる就労を目標としたデイケアの開発が行われた。2000年以降のこれらの臨床研究,実践により,気分障害の臨床は大きく変化した。現時点から振り返って1999年の臨床状況を知ると感慨深い。1999年頃の精神科医療の状況をご存じない読者には,本書を読むことが20年前の気分障害臨床を知る良い機会になる。
このような背景をもとに,2018年に再び3人の先生が集まって座談会を開催し,本書の後半に鼎談録が掲載されている。実にユニークな構成となっている。本書の後半では,現在の気分障害の臨床について多角的に分析し,深い考えを披露してくれている。さまざまな新しい治療法についての先生方の意見も知ることができる。先生方の博識と見識には敬意を表したい。本書を読んでいると,自分の意見と先生方の意見を比較して,いろいろなことに気付かされるし,考えさせられる。また自分が知らない重要なことを本書から学ぶことができる。このように,20年前と現在に関する座談会を同時に読み比べることによって,大きく変化した気分障害の臨床に気付かされるが,一方,20年経っても変化しなかったこともある。変化だけに気をとられずに,変化していないことは何だろうと考えながら読むと,より本書から得られることが多くなると思う。この書評では,「変わらなかったこと」についての評者の意見はあえて述べない。推理小説でいえばネタバレというタブーを犯すことになり,興味が半減すると思われるからである。「変わること」と「変わらないこと」は何だろうと考えながら本書を読むと,読書の楽しみもよりいっそうになるのではないか。
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