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わが国は世界最高水準の長寿国である。厚生労働省の簡易生命表によれば,日本人の平均寿命は戦後ほぼ一貫して上昇し続け,2017年には男性が81.09歳,女性が87.26歳に達している。平均寿命の延伸はわが国の高齢化を進展させ,2025年には国民の30%が65歳以上,18%が75歳以上となる。高齢者人口の増加は加齢に関連する精神疾患も増加させる。厚生労働省患者調査によれば,2002年〜2014年の間に,うつ病の総患者数は1.6倍,睡眠障害は2.3倍,認知症は6.0倍増加している。今やわが国の精神保健,医療,心理臨床にかかわるすべての専門職が,高齢者のメンタルヘルスについて深い知識を持ち,それぞれの立場でそれにかかわることが求められる時代にきている。そのよう社会状況を鑑み,「高齢者のメンタルヘル」をテーマとする本特集を企画した。
本特集では,はじめに,日本老年精神医学会理事長である池田学先生が,高齢者のこころの健康問題全般を展望し,今日の老年精神医学が直面している課題と求められる役割について解説している。続いて,埼玉県立看護大学の金野倫子先生が,高齢者の睡眠障害の疫学,加齢との関連,精神疾患との関連,高齢者の不眠治療の基本的考え方を解説している。東京慈恵会医科大学の忽滑谷和孝先生は,高齢者の不安障害の疫学,健康問題への影響,他の疾患との関連を解説し,その対応と予防について実践的な論考を加えている。熊本大学の藤瀬昇先生は,高齢者の気分障害の疫学・病態・臨床を解説した上で,特に自殺との関連について,自殺者の中で高齢者が占める割合は依然として高いこと,予防対策では社会的サポートの充実が重要であることを指摘している。聖マリアンナ医科大学の袖永光知穂先生と堀宏治先生は,高齢者の妄想性障害の概念を解説した上で,高齢者の心理を理解する上で遅発パレフレニー概念が有用であることを指摘している。東京都立松沢病院の新里和弘先生は,若い頃に発症し,長年にわたって希薄な人的交流の中で暮らしてきた高齢の統合失調症者にとって,現代社会は決して暮らしやすい社会ではないこと,若い時代からの統合失調者への支援のあり方が重要な意味を持つことを指摘している。社会福祉法人杏嶺会いまいせ診療センターの水野裕先生は,「認知症とともに生きる人々の苦悩を軽減し,日々の幸せを実感するような診療があるとすれば,どのようなものであろうか?」と問題提起し,「疎外感」,「自尊心」,「体調」,「気になること」,「やりたいという気持ち」という本人の体験に焦点をあてた日常診療について述べている。東京都健康長寿医療センター研究所の増井幸恵先生は,超高齢期に体験される可能性がある老年的超越が高齢者の心理的危機に対して補償的役割を果すことを研究データで示し,高齢者のメンタルヘルスにおける老年的超越の意義を論じている。慶成会老年学研究所の黒川由紀子先生は,「死すべき運命を持つ人間が,死を踏まえた上で,限りある生をいかに過ごすかという課題」を前にして,ふつうの高齢者が表す「小さな英知」や「ささやかな創造性」を“後押し”できることが,心理臨床の専門家の望ましいあり方であると述べている。
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