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心とからだをトータルで診る,優れた精神科医の条件の一つは類似の症状を見た時にその本態を見抜く能力をどれだけ身につけているか,ということであります。中でも脳炎・脳症と緊張病や心因性の解離との鑑別,あるいは各種の認知症と中高年初発のうつ病との鑑別はきわめて重要なテーマであり,川勝忍先生にご企画いただいた本号の特集「精神医学と神経学の境界領域」では自己免疫性脳炎や各種認知症の病態生理の最新のトピックスが詳述されており,日常の精神科臨床に還元できる内容となっています。ご執筆いただいた諸先生に心から御礼申し上げます。この解説で注目される第1の点は,preclinicalのレベルのレビー小体病でも黒質のドパミン神経やマイネルト基底核のコリン系神経細胞の脱落は始まっており,脳画像解析による臨床マーカーの探索研究における健常対照群にも同程度の異常を有する方々が含まれている可能性があるので,神経画像でのカットオフ値の作成には慎重を要することが指摘されている点であります。このことは生物学的精神医学研究をする際の対照者をどのように定義するかという重大な課題への対応を求められていることになります。第2に,レビー小体病でのMCI段階では身体表現性障害が先行することが多く,またレビー小体型認知症と診断された症例の初期診断の約半分がうつ病であったという解説を伺うと,65歳以降の抑うつ,不安,妄想性誤認,幻聴などを日常的に診ている精神科医にとって,MIBGやドパミントランスポーター,局所脳血流などの画像検査,神経心理検査は必須であることになります。このため,神経内科と連携した精神科医療を推進できる体制の整備が必要であり,うつ病や統合失調症などの脳血流低下部位と,各種認知症のそれとの比較を神経内科医と検討し合って,診断を深めていくとともに,認知症の方々に寄り添う精神科医療を展開することによって,精神科の専門性をいっそう高めていく必要があると考えます。
巻頭言で長年当事者研究を見守り,育てて来られた向谷地生良先生の「統合失調症を生きる人たちの日常と,精神科医療従事者の日常が重なり合い,人として同じ時間を生きている共同的な実感を取り戻す必要がある」と述べておられるお言葉は各種の認知症の方々との関係においても言えることだと思っております。その他,研究と報告欄などにも日常臨床で得られた貴重な経験に基づく玉稿をお寄せいただき,心から感謝申し上げます。
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