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はじめに
わが国における労働者のメンタルヘルス不調の未然防止(1次予防)は,労働者の健康の保持・増進,事業場における安全・生産性の確保の観点から労使双方にとって優先順位の高い課題となっている8,9)。
2014年6月には労働安全衛生法の一部を改正する法律が公布され,メンタルヘルス不調の未然防止の視点から職場環境改善により心理的負荷を軽減させ,労働者のストレスマネジメントの向上を促進することを目的に,労働者の心理的な負担の程度を把握するための制度(ストレスチェック制度)が導入されることとなった12)。本制度では労働安全衛生法の第66条(健康診断)に新しい検査項目,面接指導等の実施義務が追加されることが決まった。しかし,健康診断でストレスチェックを行うことの意義や,その結果の活用方法などについては,内外の学術団体から法制化への疑問も含め多くの議論があった4)。例を挙げれば,米国予防医療専門委員会(USPSTF)はうつ病のスクリーニングについて,正しい診断(accurate diagnosis),効果的な治療(effective treatment),フォローアップ(careful follow-up)が伴わなければ一般診療においても実施する意義は乏しいとしており22),専門委員から測定する項目について多くの異論が寄せられた4)。
さまざまな議論があったが,ストレスチェック制度と職場環境改善に関連しては,今回の労働安全衛生法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(2014年6月18日)で以下のような付帯決議が採択されていることに注目する必要がある。
「(略)二 ストレスチェック制度は,精神疾患の発見でなく,メンタルヘルス不調の未然防止を主たる目的とする位置付けであることを明確にし,事業者及び労働者に誤解を招くことのないようにするとともに,ストレスチェック制度の実施に当たっては,労働者の意向が十分に尊重されるよう,事業者が行う検査を受けないことを選んだ労働者が,それを理由に不利益な取扱いを受けることのないようにすること。また,検査項目については,その信頼性・妥当性を十分に検討し,検査の実施が職場の混乱や労働者の不利益を招くことがないようにすること。
三 ストレスチェック制度については,労働者個人が特定されずに職場ごとのストレスの状況を事業者が把握し,職場環境の改善を図る仕組みを検討すること。また,小規模事業場のメンタルヘルス対策について,産業保健活動総合支援事業による体制整備など必要な支援を行うこと。(略)」(下線部筆者)
このことから,今回の法令改正では,単に労働者のストレスチェック(正確には「心理的負担の程度を把握するための検査」)を行うことが目的ではなく,1次予防の視点から,個人へのアプローチだけではなく,メンタルヘルス不調を生じる可能性のある職場環境を改善することも重視された法令改正であるとみることができる。
これまで労働者のメンタルヘルス不調の1次予防対策としては,(1)個人向けストレスマネジメント教育,(2)管理監督者教育,(3)職場環境改善の視点に整理され,その有効性が確かめられている9)。筆者は職場環境改善によるメンタルヘルス不調の未然防止の取り組みについて科学的根拠に基づくガイドラインを作成に参加してきた24)。本稿では,職場環境改善を通じたメンタルヘルス不調の未然防止への取り組みについてその現状と課題についてまとめてみたい。
なお,「職場環境」の言葉の持つイメージは人によって異なり,幅広い。本稿で取り扱う「職場環境」は,物理的に暑い寒い・有害物を取り扱うといった狭義の労働環境だけでなく,仕事の指示,働き方や役割分担,労働時間,組織体制,相互支援,組織風土など,労働者と取り巻く職場全体を含む介入可能な心理社会的要因を含む労働条件や労働環境全体を対象としている。
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