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I.はじめに
あらためてヒトの前頭葉とはどの範囲かと考えてみると,大脳の中心溝より前方の外套pallium(大脳皮質と大脳髄質に区分される)の部分と定められる。脳回でいえば,大脳半球の外側面にある上前頭回,中前頭回,下前頭回と中心前回,内側面にある内側前頭回,帯状回前部と中心傍小葉前部,それに脳底面にある眼窩回と直回が脳表面に区別される。脳回は脳溝間に生じた隆起につけられた個人差の大きいマクロ的名称である。皮質の細胞構築の差異を基準にして皮質領野をアラビア数字番号記載方式で区分したBrodmann6)の脳地図を借りれば,領野4,6,8,9,10,11,12,24,25,32,33,44,45,46などが含まれることになる。機能的には,一次運動野,補足運動野,前頭眼野,前頭前野,嗅覚野および辺縁系に属する中古皮質などに分けられる。前頭葉といわれる領域はヒトのみならず,サルやネコなど他の動物にも当然のことながら存在する。そこには,種々の動物に共通の機能領野がみられる反面,動物種により質的にも異なる領域もある。言葉を換えていえば,共通点と相違点と,または,基本的に同じ論理または基準で語られる部分と,同一基準では論じられない部分が同時に存在する。例をあげると,運動領とか嗅覚野とか前頭眼野などはどちらかというと前者に属し,前頭前野(前連合野)とくに高次中枢神経活動の(複合的)所産といわれる意欲とか情操とか思考などいわゆる高等な精神機能に関係する領域は後者に属する。前頭葉のうちで系統発生的にみて最も新しく,ヒトで最高の発達を示す領野が前頭前野で,細胞構築学的には前頭顆粒皮質(frontal granular cortex)に相当する領域である。ついでにいえば,皮質連合野は後連合野と前連合野に分けられるが,簡潔に言い切ってしまえば,それぞれ,外界からの種々の感覚入力を最終的に分析し且つ統合処理をして判断する領野である後連合野と,その判断ないし了解にもとづいて外界に対して能動的に働きかける役目をもつ前連合野の領域が,発達段階の差こそあれ,少なくとも哺乳類のレベルでみるとどの動物にも存在する。もう1つ明瞭な点は,動物が高等になるにつれて連合野は領域的に広くなり,とくに前連合野で明らかである。
前頭前野は投射結合系からみると視床の背側内側核(MD)と相互に結合している。皮質間結合の面からみると,同所性および異所性(後連合野へ脳梁線維を送る)の交連線維結合のほかに,連合線維(同側半球間)結合には隣接する脳回を結ぶ短い弓状線維と,側頭極とを結ぶ鈎状束,後連合野中央部とを結ぶ上縦束,それに帯状回内を弧状に走る帯状束などの長い神経路の存在が起始も終止も確定しないまま教科書に記載されている。しかし,ヒトについてはこの肉眼解剖学的所見以上の確かな証拠に基づいた知識を現在われわれは持ち合わせていない。このギャップをネコやサルを用いた実験から得られた知見で埋めることができるだろうか。可とするには少なくとも2つの条件が成立することが必要であろう。すなわち,1)ヒトとサルの大脳皮質の領域区分に関して,かなりの部分で類似性が論じられること,2)サルおよびチンパンジーの皮質問結合を比較した時,その間に少なくとも類似性ないし連続性がみられ,共通する基本点がいくつか抽出できること。さらに述べれば,以上の2点が肯定的に論じられた上で,動物進化の観点から予想される前頭前野の発達にともなう大脳皮質構造および皮質間結合系の質的変化の存在をヒトとサルとの間の相違点として考察されねばならない。現在われわれは,このレベルの論究を進めるに足る段階に近づいているといえよう。
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