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精神医学の領域で最近10年間何か新しい進歩があったかと問われると,否と答えざるを得ない。多くの人々も自分の専門領域では否というであろう。その意味では不毛の時代だったと言えるかも知れないが,私はそうは思わない。むしろ,それまで常識とされていた事に疑問が持たれ,流行を追って熱中していた人達が,その方向へ歩んで行って果たして良いのだろうかと考え始めて,改めて模索を始めている。その意味では次の発展への前触れか,準備段階なのかもしれない。ゆるぎのない学問体系や,安定した学派の中にいる人人からは新たな展開は期待できない。
何が疑問となり,あるいはどのような既成の概念が崩れ始めたのか,これは人により答が異なるだろう。私なりに思いつくままに列挙してみよう。神経症という分類のカテゴリーは置いておく値打ちがあるのか。このことはDSM-Ⅲでも表われている。神経症は分裂病より治療予後が良いというのは本当か。ヒステリーと脳器質性病変の鑑別は可能か。分裂病治療における外来中心,作業レク強化,病棟開放化一本から入院治療,安静の意義の見直し。その間のバランス点を個々の治療でどこに置くのか。分裂病や思春期の精神的危機における家族加害者論の撤回と家族の治療協力者への引き込み。分裂病や躁うつ病における生物学的要因重視は,心因論の立場に立つ人達の不安のせいか,研究費や業績主義の表われなのか。CTや脳局所循環の測定の手技の進歩による大脳局在論の復活。初老期痴呆と老年期痴呆の区分の廃止と,アルツハイマー病の地位の拡大。老人痴呆への関心の増大とアセチルコリン説の台頭,その真偽は? 痴呆と意識障害は本当に区別できるのか。生物学的研究におけるアミンからサイクリックヌクレオチド,レセプター,エンケファリンフィーバーはどこまで続き,どこに行きつくのか。脳病の初の化学療法とされるL-DOPAは果たしてパーキンソン病患者にとって福音だったのか。など数限りない疑問がわいてきている。
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