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この小冊子の中で著者が意図したのは,2カ所の精神病院勤務中に集めた病者観察の資料を,特別な主題のもとに詳細に検討し,それを一連の論文として発表することである。その一部は,著者が東プロイセンのアレンベルグ州立精神病院でケーニッヒスベルグ大学の学生に対して行なった臨床講義を基にしている。メランコリーやマニーなどよく知られた類型による分類は,特別な疾患類型の分類には通用しないと判断するのが支配的になっているのに,これまで出版された精神医学教科書はまだ特殊例をその枠の中に嵌めこんでいる。そのため著者は,講義やベッドサイドの供覧の際,教科書の記載にわざわざ言及することをやめ,臨床的方法に従って,聴講者に疾患像を説明しようと決心した。その診断のためには個々の病者にみられる生命現象ができるだけ多く援用されており,またその疾患の全過程が考慮されている。最もよく一致する諸症状を要約し,純経験的な境界設定をすることによってもたらされる疾患形態群が,部分的かつ間接的にしかこれまでの疾患類型と合致しないことは,聴講者には容易に理解された。そればかりか,その疾患形態に基づく診断学は,次の可能性をもたらした。つまり,病者の当面の状態から遡って,先行した経過がより確実に組み立てられる一方,ごく一般的に,生命や健康についてのみならず,症状学的に多様な病像を呈する病相についても,今後,どのように展開していくかを,これまでの分類学視点のそれよりも一層高い蓋然性をもって解明するのである。著者の症例観察の大部分はすでに7年以上も前に完了していたが,当地の私立精神病院を引き受け,新体制をつくるなどの事情により早期の発表はできなかった。今や当地での症例,いわば異なる社会圏から集められた観察例によって,著者の以前の供覧やそれから得られた結論の正しさが完全に立証されたし,同僚との多面的検討により新しい疾患類型が発表に値すると立証された。それゆえ,著者はもはや公表をたあらわない。
この間,精神医学的研究の方向も本質的に変化し,かつ精緻となった。詳細な解剖学的裏付けのない特殊な精神医学的疾患観察がすべて疑いの眼でみられた時もあった。多大の労力を注ぎ,多大の熱意をもって遂行された病理学的・解剖学的諸研究は,広範かつ貴重な資料をもたらしたが,精神疾患の成因やその生体内におけるきわめて多彩かつ本質的な形態の解剖学的基礎については,何一っ基本的見解を産み出さなかった。そこで今や次の見解が次第に一般的となってきた。つまり,初めに臨床病理学の方法に従い疾患例を包括的・臨床的に考察し,その経験的資料を整理,精選せねばならない。詳細な解剖学的検討を加えつつ研究をおし進めるための精神医学的基盤はそのようにして整えられる必要がある。今や,メランコリー,マニーなどについての解剖学的検索はまったくの徒労であることが分った。なぜなら,これらの類型は各々,他の状態類型とさまざまな関連のもとに生じ,それ自体が内的な疾患過程の本質的表現であるとは見做しえないからである。それは,例えば,熱という症状群あるいは水腫という集合現象が特定の器質的疾患にとってその特徴的な本質の表現であるとか,その特殊なありかを示しているとは言えないのとほぼ同じである。
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