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I.はじめに
肝臓における代謝異常が脳機能に重大な影響を及ぼすことは,肝脳疾患や肝性脳症の研究からも明らかなことであるが,一方中枢神経系の機能変化が肝臓における物質代謝にどのように影響するかという点については,今まであまり注意が払われていなかった。また実際多くの精神疾患や神経疾患においては,通常行なわれているような肝臓機能検査では特に異常所見は認められないのが普通である。しかし鳩谷ら1,2)は,周期的発病傾向の顕著な急性精神病の患者について,病像に沿った継時的な内分泌学的検索を行なった結果,病期には性ステロイドホルモンの代謝異常が高率に存在することを見出した。このようなホルモン代謝異常は一種の肝機能異常によって起こるものと考えられるが,特に肝臓の庇護療法を行なわなくても寛解期には自然に正常化し,またLSD実験精神病や間脳疾患においても同様に認められるものである。したがってこのような代謝異常は一次的な肝臓障害によるものではなく,脳機能の異常に伴う二次的な肝機能障害であり,いわゆる脳肝機能連関の破綻によって起こるものと考えられる。このような形式の肝機能障害は,それ自身は非特異的な生体反応であるとしても,少なくとも急性の精神障害においては,ある程度共通の要因としてその病態発生に重要な役割を演じているものと思われる。そして鳩谷ら1,2)は,cerebro-hepatic homeostasisなる概念を提唱した。東村3)は,意識や情動の変化が激しい急性幻覚妄想状態や錯乱状態では血中アンモニア値が上昇するが寛解期には正常に回復することを見出し,この現象もやはり同様の機序によって起こるものと考えている。脳肝機能連関という考え方はこのように臨床的所見から得られたものであるが,われわれはさらに動物の脳にさまざまな侵襲を加えることによって,肝臓のアンドロゲン代謝酵素や尿素合成系酵素の活性に変化が起こることを実験的に確かめている4〜9)。肝臓の物質代謝に対する中枢神経系のこのような調節機構が,実際にはどのような経路を介して行なわれているかという点についてはまだ明らかでない部分が多いが,次第に研究が進められている。
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