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Ⅰ.幻覚の臨床脳病理学的研究
精神病理学的にみた幻覚論の複雑さから知られるように,幻覚という「精神—感覚性」(psycho-sensory)の特異な異常現象が,多かれ少なかれ脳の全体的機能の変容のあらわれであることはもちろんである。しかしながら脳の局在的病変によつて,脳部位に多少とも特異な形の幻覚が発生できることも古くから知られている。最近でも脳腫瘍やてんかんのさいの種々な幻覚の局在論的意義が認められ,のちにのべるようにいくつかの局在論的特徴が現今的研究段階で引出されており,Wagner25)は幻視について,いままでの全体論的及び局在論的見解を綜説したうえで,全体論的にだけ考えるには局在論的見解を支持する症例があまりにも多すぎるとのべている。幻覚のように脳局在論的な追求の比較的しやすい精神現象について,脳の生理学的研究の発展と照しながらこの面からの追求を続けるのは,幻覚だけでなくまだほとんど知られていない一般精神現象の脳内発生機構の解明に重要な糸口を示すものと思われる。
脳内局在病変における幻覚についても,発生と内容に関して患者の一般的な精神的基礎がなんらかの役割を演じるのはもちろんである。Gloning7)らは幻覚の脳病理学的展望の初めに,幻覚の形式と内容を規定する条件として,1)病変の局在,2)脳の全体的状態(意識状態など),3)背景的印象(夢の内容を規定するような),4)精神力動的要素(性格,体験などを)あげたうえで,個々の形の幻覚を論じている。われわれは一般的な精神的条件の役割は精神病理学的展望にゆずり,ここではおもに感覚性の方面から幻覚の形と病変の局在の関係を展望したい。しかしのちにのべるように,たとえば側頭葉性幻覚における多種類の錯覚幻覚の併在,dreamy stateの合併など,個々の幻覚にともなういくつかの精神面からの特色は局在論的に幻覚をみるさいにも不可欠で,ふれないわけにはいかない。またここで問題にする幻覚をEyのいうように実在と信じられる狭義の幻覚と,実在と信じられない「幻覚症」(hallucinose)とにはつきりと区別して論じるわけにはいかないが,「幻覚症」を「精神病的状態に深くくみ入れられることなく,また人格を障害せず,実在の確信をもたれず,孤立した部分的な形で,ごく短い継続をもつてあらわれる精神—感覚性異常」とするEyら2)の見解にしたがえば,これからとりあつかう脳の局在的病変による幻覚は大部分が彼の「幻覚症」に近いものであることを,総括的にあらかじめことわつておこう。
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