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はじめに
Kräpelinにより疾患単位の確立された躁うつ病は一般に確固とした単位疾患として承認されてきた。そして躁うつ病とくにうつ病のPathogenese,その他の根本問題についてK. Schneider1),H. J. Weitbrecht2)らにより論じられ始めたのは最近10年間のことである。有機的性格をもつ悲哀感情,罪業感,抑制症状などはうつ病の中核群にみられるものに違いないが,Schneiderも認めるように循環病性うつ病を決定する第1級の症状は存在しないのであり,中核群にみられるこれら症状もgenetischに多義的でありうることの認識からうつ病の現代的再検討が始つたように思われる。
しかしうつ病発生に対する精神的環境的役割の問題はくりかえしSchneiderにより,最近ではWeitbrecht,B. Pauleikhoff3)らにより論じられているが,いぜんとしてSchneiderに代表される主流的見解に依存している。異常体験反応としての抑うつ状態以外では,発病動機は単に生機的な力として働き,疾患の状態とは意味連関性がないとされ,その症状はProzessgeschehenに経過すると主張されている。しかしこれらの点も妄想主題選択に関する考察や下層抑うつの見解のうちに,彼自身若干の矛盾を表明している。すなわちうつ病にみられる各種妄想は単純に「症状」としてProzessgeschehenに導かれるものではなく,人間の超個人的原不安の抑うつによる曝露であるとものべ,主題選択については病前人格の影響を重視し,また下層抑うつの内容に特定の心的動機を認め,内因性と反応性うつ病の間にひろがる未解決の領域に一つの示唆を投げかけている。
一方Weitbrech亡は戦後,身心の各種要因ならびに環境因子に左右されて生ずる躁うつ病うつ状態とも異常体験反応ともいい難い一群を調査し,endoreaktive Dysthymieと命名した。このWeitbrechtの業績はうつ病を続る問題の一翼を担うものとして讃意を惜まないが,誘因となつた条件と患者の精神生活との内的連関性の追求が十分でない。ともあれ本症は明瞭に反応性と内因性の間の架橋の役を果している。
以上を要約すると最近のうつ病研究の動向は,従来二大別されていたうつ病に対する二者択一的態度への疑問,内因性重視に対する再検討,個々の症状についての人間学的意味把握への努力,症状発生に対する縦断的生活史的探求および人格的要因の重視などをあげることができよう。なお従来反応性か内因性のいずれに属するか不明という意味での非定型うつ病の研究は,みな内因性の側に立つて考察がすすめられ種々の病像4)が報告されている。
これに反しH. Hafner5)の実存うつ病とA. Lorenzer6)の喪失うつ病およびH. Volkel7)の神経症性うつ病に代表される類型は,両者立場を異にするが上述した諸問題の担い手として興味がもたれる。三者に共通な点は状態像が有機的性格をもつ定型的病像を示すが,Schneider的見解にしたがえば動機として了解の範囲をこえている現実危機の意味を鋭く摘出し,内因性の側にたたないで考察をすすめていることである。しかし発病契機についてHafnerは自己の価値実現の本質的挫折という,実存者としての人間のあり方の現実的破局の意味を強調重視し,直接精神反応的に抑うつ症状の発生を了解する。これに反しVolkelは力動的感情心理学の理解のもとに全生活史にわたる分析を行いつつ,深い時間的経過のなかで織りなされた葛藤緊張と現実危機との解遁の意義を把握し,抑うつ状態発生の根拠を理解しようとする。そしてLorenzerはいわば折衷的態度をとり,とくに危機体験すなわち価値実現の可能性の喪失を患者のもつ病前の価値の世界と人格特性との内的連関においてとらえ,喪失と所有衝動の関係を深層心理学的に解明しようとする。それ故ここでもつとも問題となるのは発病契機に関する了解性と生活史追求の課題であろう。これらの点はとくにVolkelならびにLorenzerがのべているのでくりかえさないが,われわれはその際心的力動性の方向と内容を規定する価値観の問題が体験の意義を理解するのに重要である点を強調したい。価値の問題は近時科学の進歩とともに人間性自覚の立場から種々の領域で論じられ,心理学,精神病理学においても重要な主題となりつつある。精神病理学の領域では,なかんずく心的力動性の源泉としての意義が強調され(W. Janzarik8)),また価値希求の態度を生の意味の本質として人間性の回復をめざすLogotherapieは有名である(V. E. Frankl9))。
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