医療従事者のための患者学
喪失—生きることへの問いかけ
木村 登紀子
1
Tokiko KIMURA
1
1聖路加看護大学心理学
pp.1072-1076
発行日 1989年10月1日
Published Date 1989/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541209713
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「患者学」執筆の動機の中に,死者たちへの悼みと鎮魂との願いが込められていることについては,シリーズの冒頭に述べた.本稿の掲載される10月には,初旬にM先生(後に述べる)の,下旬には父の命日を迎える.11月には,5か月足らずの苦しい命を生きた次女の誕生を記念する日が来る.「喪失」をテーマとする本号と次号においては,さまざまな喪失の姿と,生と死とについて,筆者や身近な人に起こった体験も交えながら,私見を述べよう.もとより,筆者やその周りにたまたま生じたことが,生と死と喪失という重く大きなテーマを展開するために最も有効な素材となり得るとは考えられない.また,筆者の体験は,特殊な例であるかもしれない.そして,ここ数年,「生と死」や「生命の質」を問う書物のタイトルや雑誌の見出しが急激に増加し,目につくようになった.今さら,筆者ごとき者が何を付け加えるのかとも思う.しかし,医療技術の高度な発達を背景とした高齢化社会の到来,新生児死亡率の低下,救命・延命をどう考えるか,死の告知,治療と生命の質,社会資源や医療資源の分配等々,これまでの人々が経験しなかった余りにも多くの未知の問題が,早急な解決を迫りつつ,われわれの眼前に提出されている.科学的・体系的な研究の成果が待ち遠しい.だが,一般化できる知見を得て,それを個別的に運用できるようにするにせよ,あるいは,個別的事例を重ねて普遍化するにせよ,まだまだ道遠しの感が強い.
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