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I.はじめに
著者は長年東京地方検察庁診断室において主として被疑者の精神衛生診断に従事してきたが,その材料および経験を中心にして論じて責をふさぎたい。東京地検では精神衛生診断と名付けているが,これが表題の裁判前鑑定または簡易精神鑑定,あるいは起訴前鑑定などと巷で呼ばれているものに相当する。
東京地検診断室は昭和30年1月11日に開設された。その頃はヒロポン中毒のはなやかなりし時期であり,当時の東京都衛生局医務部優生課から,精神鑑定医が定期的に診断室に来り,行政サイドの精神鑑定をなし,不起訴となり医療の必要となった者の流れを迅速にさばいていた。しかし,診断室に送られて来る被疑者は覚醒剤中毒のみでなく,他の精神障害者のほうがむしろ多く,検事サイドから常時精神科医の意見を求める等の需要が起こり,間もなく東京都より独立した診断室制度が確立され今日に至っている。
現在東京地検診断室には毎週延べ4名の精神科医が定期的に来て,1日平均2〜3名の精神衛生診断に当っている。しかしここに来る対象者は必ずしも東京地検に送検された者のみではなく,地検傘下の区検からの者,すでに公判中の被告人も入ってくることがある。
診断室の必要性について,松本卓矣検事は次の如く述べている。すなわち,大人の犯罪人にも少年鑑別所の如き鑑別制度の確立が刑事実務家として待望するところである。しかしその実現まで便便と手を拱いていることはできない。そこでその空間を埋めるものとして診断室の設置が考えられた。重罪または精神障害のおそれのある被疑者について,その同意を得た上で,精神科医の診察を依頼し,精神障害の有無および程度を比較的短時間で鑑別してもらい,短時間の診断では判定不能の事例のみについて正式に鑑定許可状によって精神鑑定をすれば,費用と時間の両面からして非常に経済的である。しかも一応精神障害者の早期発見,その適正処理が行なえるのではないかと述べている。
著者も診断室を受けもってみる時,東京地検では精神障害者またはその疑いのある者に係わる犯罪が絶えることなく,非常に多いのに一驚しているものであるが,それらをいちいち正式の精神鑑定に付していては,いくら協力的な精神科医がいてもその応接に限度があり,犯罪者の適正な処置ができかねると思う。かくして少年における少年鑑別所の如き制度が成人の犯罪者に対しては存在しない現制度下においては,診断室は必要上生まれるべくして生まれたものと考えるものである。
このようにして実際上必要にせかれて生まれた診断室は,東京地検のほか,診断室のあるなしに拘らず,各地検ごとにその都度精神科医に依頼していわゆる簡易鑑定を行なっている模様である。すなわち,昭和39年に京都,神戸,福岡の各地検,41年に大阪,福島,42年に熊本が始めており,現在では名古屋,広島,仙台,千葉等,ほとんど全国の地検で簡易鑑定を行なっている。
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