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Ⅱ.精神鑑定の実際
1.まえがき
前編で述べたように,精神鑑定はまず器質的,機能的精神障害,内因性精神病の存在を確認し,またはこれを除外するところからはじまる。これは刑法における責任能力についての解釈,あるいは規定が,"心神の障害により"あるいは,"意識の障害,精神作用の病的の障害,精神の薄弱のために"というように,いわゆる生物学的の要件をかかげているからである。そして狭義の精神病というべき状態が確認されたならば,原則的に責任無能力ということになる。それは,責任能力の本質ともいうべきいわゆる心理的の要件,すなわち事理の弁別とか,その行為の許されざることについての了知,それにしたがつて行動する能力について通常の心理過程があてはまらなくなるからである。鑑定命令は,裁判官がこういう異常な精神状態が存在するのではないか,あるいは行為の時に存在したのではないかという疑いをもつときに下されるのが原則であるが,実際にはそれほどの疑いのないときも少くない。被告の家系に何人かの精神病者があるというようなことから,弁護人が最後的の手段として鑑定を申請し,それが採択されることもあるし,また時には死刑に該当する罪である,あるいは前審で死刑の判決があつたから二審では念のためにというようなことで鑑定になることもある。こういう時には,一応簡単に狭義の精神病を否定して,さらに相当くわしく,情状というべき問題にふれなければならぬこともある。この場合も精神科専門医としての立場を厳格に守つて記述するのはもちろんである。
鑑定事項としせ示される条項は,通常"被告人の現在および犯行時の精神状態いかん"という形である。われわれとしては,むしろ犯行以前の状態の方が問題であるが,これは鑑定の手段として,既往歴,生活史,現病歴を検討しなければならぬのは当然であり,それから犯行時および現在の状態に論及することになるのであるから,この鑑定事項に拘泥する必要はない。その他それぞれ事件の内容により特殊な事項が示されることもある。時に弁護人の希望として,自分の方の都合からわれわれの立場として答えようもないような事項をごたごたと並べられることもあるが,それは受命の時に裁判長に申し出て,適当に整理してもらうよりしかたがない。また今でも時に,心神喪失の状態にありしや,または心神耗弱の状態にありやというようなことをいわれることもあるが,これは責任能力の本質からみても,裁判官として不見識な話で,われわれとしても困る。実際上こちらの立場で,鑑定書のおわりの方の所見の綜合,説明,判断といつた項で責任能力についてひかえ目な意見を述べる必要のあることもある。しかし最後の鑑定主文というべき,鑑定事項に対する結論的答申の中では,直接責任能力の判断については記さない方がよい。
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