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はじめに
先般,新しいDSM-5のドラフトがアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association;APA)のホームページに公表された。結果的には,カテゴリー診断かディメンション診断かという二者択一ではなく,両者を併存させる方向で調整しているようである。つまり,専門家レビューにおいてどちらかの診断法を支持する,決定的な科学的根拠は見いだせなかったということになる。
近年,スコットランドの統合失調症多発家系の遺伝学的解析により,統合失調症リスク遺伝子としてDISC1(Disrupted in schizophrenia 1)が報告された。DISC1は統合失調症と強く関係している遺伝子として注目されているが,このスコットランドの家系には統合失調症以外にも単極性の大うつ病や双極性障害,その他の精神疾患が混在している30)。つまり,この家系内には,同じ変異を持ちながら,Kraepelinの二分法をまたいだ異なる表現型を持つ同胞が存在する。加えて変異があるのに未発症の家族もいる。遺伝子を重視すれば,二分法(カテゴリー診断)は何かがおかしいということになり,カテゴリー診断(表現型)を重視すれば,遺伝子の関与は小さいということも可能であろう。一方,昨年,3つの研究グループが独立に,ゲノムワイドの全遺伝子解析を行い,Natureに結果を公表した。統合失調症と双極性障害で共通の傾向は認めるものの,特定の遺伝子配列の違いによって発症する精神疾患はなく,唯一可能性のあるものは,複数の(効果の小さい)遺伝子の組み合わせでないかという結論であった。
特定配列の関与が小さいのであれば,環境因子などによって遺伝子に後天的な修飾が起こり,その発現が制御されるエピジェネティックスが最も重要ではないかという考え方が出ている26)。たとえばDISC1の変異があったとしても,胎生期・養育期の環境要因によって,その後の遺伝子発現調整が変わり,統合失調症,双極性障害,大うつ病,あるいは未発症などの表現型になる可能性がある。それが正しいなら,効果の小さい遺伝子変異(スニップ)では,より環境因子が重要となる。従来,配列ベースの遺伝的関与が前提で議論されていた状況を考えると,大きな方向転換といえる。
注目すべきは,Natureの3論文で発見された6p22.1の染色体領域と統合失調症,双極性障害との相関である20,28,32)。6p22.1は,主要組織適合遺伝子複合体(MHC)という免疫反応に必要な数百個の遺伝子情報を含む大きな領域で,個々のスニップの関与は小さいものの複数のMHC遺伝子上にスニップが同定され,結果的に同領域に最も強いピークが出た。MHC分子は細胞表面に存在する細胞膜貫通型糖タンパク分子であり,細胞に感染したウイルスや癌抗原,あるいは抗原提示細胞に貪食処理されたペプチドなどがMHC分子に結合して細胞表面に提示され,免疫反応が惹起される。MHC分子は中枢には発現しないため8),その意義については不明であるが,1つの可能性として胎生期や幼児期(場合によっては青年期)のなんらかの特定の感染性疾患が環境因子の1つとして重要であるのかもしれない。遺伝子の傾向によって,特定の環境要因に対して脆弱になり,それにより環境負荷に対応できなかった個人が発症するのではないかという,癌に似た発症メカニズムが精神疾患でも想定できるのかもしれない。
しかし,このような議論をいくら煮詰めていっても,最終的には「表現型(カテゴリー診断)を規定している生物学的異常は何なのか?」という命題に帰着してしまう。この命題は,結局,Kraepelin以来続いている根本的な命題(病態特異的な脳病理の解明)であり,解剖学者でもあったKraepelinは,結局,二分法を説明する解剖学的異常を見つけられなかった。その後も,精神疾患の神経病理学では特異性のある異常が発見されず,精神医学研究者の“墓場”となり,疾病分類学(ノソロジー)に至っては今日でも混迷を続けている。
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