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はじめに
うつ病とは何か,ということを以前に比べてよく考えるようになった。なぜなら,日々の診療で抑うつ気分や意欲低下などを訴える多種多様な患者さんたちに出会うが,ICD-10やDSM-5のような症状の組み合わせで診断される診断基準に従うと,臨床像が明らかに異なる患者さんが,同じ「うつ病」として診断されてしまうことに違和感を覚えるからである。もちろん,臨床的な特徴によってある程度の亜型分類は行われており,たとえばDSM-5では,不安性やメランコリア,精神病性などの特徴を特定することができるが,特に外来診療では,これらの特徴まで完全に同定することは難しい。メランコリアのうつ病だと思い入院させてみると,環境変化だけで症状が速やかに改善する適応障害患者を経験したり,神経症だと思っていた患者さんが経過の中で躁状態を呈したりすると,自分の未熟さを痛感してしまう。同じ大学内で診療を行っていても,診察する医師によって診断が変わってしまうこともある。このような曖昧さをなくすために,うつ病のバイオマーカーを見つけ,うつ病を検査で診断できるようにしたい,と考えて研究を行うわけだが,これがまた難しい。なぜなら,臨床研究を行うための診断ツールがICD-10やDSM-5なのだから,そうやって集められた患者さんたちはどうしてもヘテロな集団になってしまう。まさに本末転倒である。対象患者さんを絞り込んで,バイオマーカーを同定したとしても,その解釈の問題もある。同定されたうつ病のバイオマーカーが,うつ病の何を反映しているか,ということが分からないのである。遺伝子発現マーカーを例に挙げると,同定された遺伝子発現変化が,抑うつ気分を反映しているのか,罪業妄想を反映しているのか,あるいは食欲低下や不眠を反映しているのか,「うつ病」という疾患単位で集めた患者さんの臨床研究では分類することができない。たとえば,抑うつ気分を反映するマーカーを同定したとしても,それは患者さんの問診で十分な訳であるから,実臨床にはあまり役に立たない。本稿では,このような限界がありながらも,診断や病態メカニズムの解明につながる気分障害の遺伝子発現マーカーを同定するために,当科が行ってきた研究結果やその方法論を紹介しながら,これからのうつ病研究の課題について検討したい。
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