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編集後記
M. I.
pp.938
発行日 2010年9月15日
Published Date 2010/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405101708
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本号の巻頭言は「小説家」の加賀乙彦氏である。若い方は精神医学の専門誌になぜ小説家が寄稿されるのか不思議に思われるかもしれないが,氏はフランス精神医学の紹介や拘禁精神病研究などで知られる精神医学者でもある(あった)。昔は文学と精神医学との関係は親戚のように近かったが,今では病跡学が残り火のように燻っているだけになってしまった。もともと精神医学は人間の行動やこころへの関心から始まったから,根は小説と同じである。精神医学独特の問診や面接にその名残があるが,構造化面接といった物語性を排したものや症状を拾い集め軽重をつけていく操作的診断が重視されるようになってから,「語り」としての面接は影が薄くなってしまった。
こうした流れの大きな弊害は,生き生きとした患者像や疾患像を丸ごとつかんだりイメージすることができにくくなっていることではないだろうか。以前は生育歴や病前性格,それらと環境とのかかわりから,その人の内面世界を想像し,理解しようとする中で診断をつけ,治療の導きの糸となるものを見いだそうとしたものである。「教頭ワーグナー」や敏感関係妄想などはその典型であろう。しかし今では,ヤスパースの郷愁反応のような理解しやすいものまで忘れ去られてしまっている。「郷愁」という言葉はもはや日本では死語になっているが,現代の精神科医にとっても大切なことは,郷愁の想いが放火を引き起こすまでの内面を想像し理解しようとする姿勢であろう。暗闇は闇のまま残せばよい。
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