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はじめに
本態性振戦に対する脳刺激装置植込術後の脳深部刺激療法(deep brain stimulation,以下DBS)中に,気分障害に陥り,自殺未遂,離婚や社会的不適応を認めた症例を経験した。
〈症例〉 41歳,男性。
主訴 「やる気が出ない」。
既往歴 17歳;本態性振戦。
家族遺伝負因 妹は「うつ病」で精神科入院歴がある。他に家族の神経精神疾患なし。
生活歴・現病歴 同胞2人第1子。小学生時代よりスポーツ万能で社交的で活発な性格。野球,剣道など得意で学業成績も優秀。17歳,声がふるえて手足がふるえ,A病院で本態性振戦と診断され内服治療を受けた。言葉が出にくい以外に生活に支障はなかった。県立高校を卒業後,専門学校を経て板前修業をして29歳で飲食店店長となった。30歳で結婚して1男1女あり。34歳より日本料理店を自営し,10人ほどを雇い厨房に立って働いた。忙しく,本態性振戦の通院や内服は中断していたが,「2~3時間の仮眠だけで仕事ができるハイな状態」を自覚していた。妻は「働きすぎ」を心配したが,本人には言い出せずにいた。37歳頃より,睡眠や休息をとっても声がふるえ手もふるえ,B病院で再び本態性振戦と診断され,内服治療を再開した。
X-2年(39歳),言葉が出ず振戦のため包丁が握れなくなり,内服治療や休養では改善せず,手術目的でC病院脳神経外科に紹介された。X-2年11月,「早く仕事に復帰したい」と本人が希望して両側視床への脳刺激装置植込術を受けた。振戦は改善したが,術後3週間目よりやる気の喪失や疲労感を訴え,B病院に2週間入院した。活気がなくなり,悲しみや怒りなど感情不安定な混乱した状態で,復職できないまま店を手放した。経過中にDBSの刺激条件の設定変更をC病院で受けたが,精神症状は変わらなかった。本人によると,「妻を受けつけなくなり性生活がなくなった」。X-1年8月頃には妻や小4の長男に「黙れ,塩かけて飯を食え」などの暴言や,怒り出すとブレーキが効かない暴力が日常的となった。妻が子ども2人を連れて離婚して別居することになった。
同月,大量服薬をして総合病院に搬送され,退院後,「やる気が出ず誰の役にも立てない」と悲しみに暮れ,食事も着替えもせずに1日中横になったままであったため,心配した元妻が1日おきに通い世話をした。X年9月(41歳)上旬までに合計5回大量服薬をした。元妻によると,小5の長男に「寝てばかり」と挑発され,暴力を振るったり車をぶつけたり感情のコントロールができず,同月本人の勘違いからつかみかかり,長男の顔に傷跡の残るけがをさせ,その後に大量服薬をして実母や妹とともにB病院まで行ったが,救急外来のロビーで暴れ,精神科病院へ紹介された。
精神科臨床経過 本人は精神科受診や入院に納得しており,任意入院で当院の精神科救急病棟に入院した。精神科の継続的な治療は当院が初めてであった。入院前の紹介医の処方はcarbamazepine 200mg/日,paroxetine 40mg/日,flunitrazepam 4mg/日。元妻によると,術前性格は社交的で穏やかな親分肌であったが,術後3週間目より意欲や自信の低下や気分の易変性,攻撃性が目立つ状態が続いていた。気分障害の混合状態として,paroxetineを漸減中止して,carbamazepineを主剤に薬物調節することとし,感情のブレーキが効かないときにはrisperidone液剤0.5mlを頓用で使用した。DBSの電源をoffにすると,安静時には穏やかに過ごせたが,言語障害や振戦のため日常生活に支障を来した。入院中に気分の高まりから看護職員と口論になり,他患者に威圧的に振る舞うなど苦情が続いたり,隠れて他患者に金品を要求したり,逸脱行動が目立った。一方で終日臥床し,「やる気が出ない,生きていても仕方ない」と訴え,「手術前は言葉が出なかったから手術して良かった,でも前のように人並み以上に働きたい」と涙し,感情の起伏が激しかった。
50日間の入院中,元妻は福祉の協力を得て引っ越し,本人には住所を教えていない。退院以後の処方はcarbamazepine 600mg/日とnitrazepam 5mg/日とrisperidone液剤の頓用である。退院後も元妻は本人の生活の世話に通っている。長男は会うことを拒否したままで,元妻は休日に5歳の長女を連れて本人を訪ねている。元妻や母の援助があり,定期的に精神科通院できている。X+1年5月,食欲不振と「疲労感」を主訴に1週間精神科療養病棟に任意入院した後,元妻に生活の世話を受け,外来通院を続けているが,やる気や自信が失われ,一方で感情のブレーキが効かない傾向は続いており,復職はできていない。
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