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はじめに
認知症の臨床症状は記憶障害や失見当識などの認知機能障害を主とする中核症状と幻覚,妄想,興奮,せん妄などの周辺症状がみられる。周辺症状は近年BPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)と呼ばれている。納冨らは精神科病棟入院時における認知症患者のBPSDの出現頻度を報告しているが4),「不眠,夜間せん妄,刺激性,他動および徘徊」といった症状が入院患者の50%以上で認められていた。
逆に考えれば,これらのBPSDは認知症患者が精神科病棟に入院する要因となっていると言え,BPSDを改善することが介護者や家族の介護負担の軽減のために重要と考えられる。
BPSDに対する薬物療法は,従来は主としてハロペリドールなどの定型抗精神病薬が使用されていたが,錐体外路症状や過鎮静などの副作用がみられる場合も多く,その安全性は高いとは言い難かった。
近年本邦でのリスペリドンをはじめとする非定型抗精神病薬の発売に伴って,BPSDに対して非定型抗精神病薬の有効性が学会などで報告され,一時非定型抗精神病薬はBPSD治療のスタンダードとなる様相であった。
しかし認知症のBPSDに対する非定型抗精神病薬の使用について,その危険性を警告した2005年のFDAの勧告(ブラック・ボックス警告)1)以来,臨床医の中で非定型抗精神病薬をBPSDの治療に用いることははばかるムードとなっている。
この警告は非定型抗精神病薬とプラセボの比較に基づいて出されているが,その後定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬を比較した場合は定型抗精神病薬が危険であるとの報告6)もあり,実際の臨床現場ではますます混乱した状態が続いている。
本間らによる日本老年精神医学会のアンケート調査2)では,非定型抗精神病薬をBPSDに使用している医師は「ブラック・ボックス」警告以降「従来どおり使っている」とした医師が21.9%,「十分注意して使っているので問題ない」とした医師が18.3%であったのに比べ,「使っているが,困っている」と回答した医師が54.1%と過半数で臨床医の困惑した状況を示していると考えられる。
筆者は非定型抗精神病薬をBPSDに用いることについて否の立場で論陣を張るわけであるが,正直に言えば筆者自身は日常の臨床で非定型抗精神病薬をBPSDに対して使用しており,日頃の臨床と矛盾した立場からの主張をすることになり,きわめて苦しい主張となる。その点を考慮して以下の論をお読みいただければ幸いである。
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