書評
精神科医からのメッセージ―トラウマと未来―精神医学における心的因果性
十川 幸司
1
1十川精神分析オフィス
pp.345
発行日 2006年3月15日
Published Date 2006/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405100241
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『トラウマと未来』という魅力的なタイトルが付けられた本書で,著者の関心が向けられるのは,過去でも未来でもなく徹底して現在というものに対してである。本書が扱っているテーマは,トラウマの臨床から心脳問題,現代のうつ病像の変化から情動の倫理性などと幅広い。この論評では,枚数の制限上,評者が最も重要と考える本書の根本的なモチーフだけを取り出してみたい。
我々の臨床の現場が,この20年の間に大きく変化したことは,精神科医の間の共通した認識となっている。なるほど80年代までの臨床の変化は,向精神薬の発展という科学的進歩に基づくものと一応考えることができる。だがその後も精神科医療は,大した技術的・制度的刷新がないにもかかわらず変化し続けた。この現象をどう考えればいいだろうか。一つには精神科医療の守備範囲の拡大といった社会的事情や,DSMという多くの精神科医が侮っていた分類体系が,現場の臨床のみならず,現実の臨床像をも変えてしまったという,分類的知が持つ「現実構成的」な力をその要因と考えることもできる。しかしこのような水準の議論では現在の状況の本質をとらえることはできないだろう。そこで著者が立ち向かうのは近代(モダン)とは何かという巨大な問いである。
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