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はじめに
統合失調症,躁うつ病,てんかん,痴呆などの慢性精神神経疾患は,幻覚,妄想,気分の変動性,けいれん発作,知的機能低下などを主症状とし,慢性の経過をたどる。これらの疾患では,精神病症状が問題の1つではあるが,患者の社会機能の低下,さらにはそれに伴う家族の苦痛などがより重要な問題である。罹病率は高く,人口100人に対して10~20人が生涯のうちに1度は精神疾患と診断される。これらの疾患の発病機序に関しては様々な仮説が提出されてはいるが,依然としてその根本的な原因は判然としていない。慢性精神神経疾患は高頻度で発生し,患者を生涯にわたって非生産的で介護が必要な状態とすることから,それによる社会的損失は多大である。統合失調症を例にとってみると,米国精神衛生研究所は,統合失調症による収入の損失とその医療費は,米国だけで年間500億ドルに達すると見積もっている。本邦における推計では統合失調症による直接医療費は約5,000億円,社会的損失を含めると1.9兆円,年間入院医療費のみでも7,000億円とされている21)。米国ではさらに,慢性精神神経疾患を持つ患者の家庭は崩壊し,近年の精神病院開放化に伴う患者のホームレス化,10%以上に上る自殺率など社会的にも大きな問題を引き起こしている25)。
この主要疾患の発症機序を解明し,効果的治療法を開発していくことは重大な社会福祉的課題である。既存の抗精神病薬は,慢性精神神経疾患の精神症状を部分的に改善する効果が認められ,治療法の中心的役割を担っていることは確かである。しかしながら,大部分のケースでは薬物療法の効果には限界があり,心理・社会的リハビリテーションの併用を必要とする。これらの治療を理想的環境下で行ったとしても,患者の社会復帰という側面では依然満足するに足るだけの効果は得られていない。治療成績の向上には,既存の抗精神病薬に抵抗性の精神症状に有効で,社会生活機能の低下を予防でき,長期的予後を改善できる薬物の開発が必須である。そのためには,本疾患の原因が不明であるという現状を打開するために,患者脳における異常現象の実態を直接的に明らかにする死後脳研究が不可欠である。本稿では,統合失調症を中心として死後脳研究の歴史と現時点でのあり方,世界におけるバンク設立状況ならびに1997年より開始された筆者らの講座における体系的死後脳バンクの設立状況について概観する。
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