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麻酔科医の主たる任務は生命維持であり,そのうちの大部分が人工呼吸である.毎日人工呼吸に従事し,麻酔科医は人工呼吸に慣れ親しんでいる.麻酔器呼吸回路の呼吸嚢を手動で間欠的に加圧し,気道内から肺を膨らませる間欠的陽圧人工呼吸が約40年も前から日本の手術室でも一般的になっている.手に感じる抵抗,呼気時の呼吸嚢の膨らみ具合,自発呼吸あるいは心拍動に伴う呼吸嚢の動き等を感知出来るようにと厳しく指導を受けた.そしてこのeducated handはプロとしての麻酔科医の証でもあった.しかし,今はこのような人工呼吸の教育は困難になってしまった.ほとんどすべての麻酔器にベンチレータが付属しているからである.呼吸嚢を自分の手で加圧する人工呼吸の重要性と必要性を指導しても,指導者が手術室から出て行くといつの間にかベンチレータを使っている.ベンチレータの便利性の前に教育の虚しさを感じてしまう.
高圧換気で肺組織を頻回に過伸展すると高度の肺障害を生ずること,人工肺で病的肺の安静化を図る体外式肺補助(extracorporeal lung assist,ECLA)が重要であると主張し続けてきた.主張の前半はpermissive hypercapnia,volotruma(or volutrauma)等の用語と概念に反映されるようになった.無理にnormocapniaにするのではなく少しぐらいは炭酸ガスがたまっても,肺胞の過伸展を避けた方が良いとする考えである.一方,主張の後半はいまなお道は遠い.体外循環法は確立した医療手段で,各分野で応用されている.しかし,呼吸管理に人工肺を応用すると,人手がかかり,苦労のわりには新生児以外は期待した結果がえられていない.最も大事な患者救命の点で優位性が見出せないまま,さらに出血の合併が追い打ちをかけている.理想と現実の差にもがき苦しんでいる状態である.それでも,ECLA開始後呼吸困難から救われ「やっと楽になった」という患者さんの表情と,心停止寸前に追いつめられた緊張感から一挙に解放され病室全体が安堵するのがせめてものささえである.
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