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近年,脳・心血管疾患の治療に関しては目覚ましい進歩があるが,予防については大きなブレークスルーはなされていない.その理由として,一見健常な人が将来的にどのような病気を発症するのかを予測することが困難なこと,発症要因(危険因子)が多岐にわたり因果関係が単純ではないことなどがあるが,最大の理由は人間集団の多様性である.人間の遺伝子は実験動物と異なり大きなheterogeneityを持っている.また食事や運動などの生活習慣も個人ごとに多種多様であり,さらに両者の交互作用や曝露期間なども影響してくる.特に一般集団の場合,患者集団と異なり“疾患”という影響力の大きい共通項がないため一般化した予防方針を決めるのは容易ではない.昨今は個人の遺伝子型やその機能解析,代謝状態などを反映させた個別化医療が提唱されているが,取り扱う変数が多くなるほどそれを現実の医療に適用することがかえって困難となり,解析はできても解釈ができない,解釈はできても治療手段に結びつけられないという事態に陥る危険がある.また高度な個別化医療を万人が享受できる社会経済体制をどうやって築くのかという問題も内在している.「予防医学」という言葉には夢と希望に満ちた響きがあるが,背景にはこのような課題が山積しており,今しばらくは現状の予防対策のブラッシュアップで切り抜ける覚悟が必要である.
個別化医療の流れのなかで脳・心血管疾患の危険因子については,血中や尿中のバイオマーカーから画像診断に至るまで様々な“新しい危険因子”が提唱されてきた.しかしながら脳・心血管疾患の発症予測という視点では,未だにフラミンガム研究などで提起された“古典的危険因子”やその組み合わせによる予測能を凌駕するものは現れていない.また古典的危険因子についても脳・心血管疾患のリスク上昇に与える影響は集団によって異なっており,特に実際の発症率(絶対リスク)には大きな違いを認める.そして脳・心血管疾患の病型の経時的な推移や移民研究などから,このような集団間の差には遺伝子的背景の違いより生活習慣の違いのほうが大きく影響することも示唆されている.結局,脳・心血管疾患の発症予測やそれに基づく一次予防を推進していくためには,外国ではなくわが国の国民を対象とした疫学研究(コホート研究)が必要とされる.本邦には古くから続いている優れたコホート研究が数多くあるが,それぞれ特徴的な長所を有しておりまさに“みんなちがって,みんないい”という現状である.一方,将来の個別化医療への夢の扉としてゲノム研究や新しいバイオマーカーを組み入れた新しいコホート研究も開始されつつある.
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